カマイユ~再会で彩る、初恋

「先生、彼女いるんですか?」
「……いるよ」
「えぇ~っ、いるんですかぁ?!」
「ん、……婚約してるよ?」

とある日の朝のSHRの後に、先生を教卓に括りつけるように質問したクラスメイトの言葉に、いつものように淡々と答えた先生。
Yシャツの襟元からチェーンを取り出し、光る指輪を見せびらかすようにした。

運命だと思った日から数日。
淡い恋心は粉々に砕けて、見るも無残に跡形なく砕け散った気がした。

頭では分かっていた。
眉目秀麗な先生に恋人がいないはずがない。
しかも、教師と生徒という関係性で、何か発展することがあるとは言い難いことくらい。

幼少期を転々と海外で過ごしたせいか。
心から許せるような男友達がいなかったからか。

初めて心の奥を揺さぶられるような感情に呑まれていただけだと分かっているのに。
やっぱり傷つかないはずはない。

前の年に比べたら、接点がだいぶ増えただけ。
担任という立場から、他の生徒と同じように見守られているだけ。

分かり切っているのに。
一ミリも入り込める隙なんてありもしないのに。
それでも、見ているだけで幸せだった。



「いつ聴いても、五十嵐の発音は聴き心地がいいな」
「っっ、私は先生の英語の方が滑らかで、好きですっ」

三年時も英語弁論大会の学年代表になった私は、連日職員室で居残り練習をした。
去年と違うのは、担当教諭が担任の矢吹先生だということ。
毎日のように先生と二人きりで、英文を暗唱して過ごした。
密かに『好き』という感情を他愛ない会話の中に忍ばせて。

普段の先生とは違う一面。
少し甘めの珈琲を用意してくれて、先生はブラック珈琲を片手に英文に視線を落とす。
そして、私が暗唱し終えると必ず、微笑みながら手を口元に当て、小さく頷く。

「もう少しゆっくりと、心を込めて。俺に訴えるみたいにして、見ながらやってみ?」

口元にあるほくろが色気を割り増しさせるのか。
ドキドキ、クラクラした記憶しかない。

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