魔法の使えない不良品伯爵令嬢、魔導公爵に溺愛される

再会、そして9

 エントランスを出て、玄関の階段を下りる。セシリアスタに肩を抱かれながら庭園に停められた馬車へと歩を進めると、馬車の側には、セシリアスタが連れてきた従者とカイラが既に待機していた。
 馬車を見ると、キャリッジを牽引している存在に驚き目を見開く。
「グリフォン……」
 眼光鋭い鷲の頭部に鋭いかぎ爪を備えた前足、大きな純白の翼を携えた獅子の姿。本でしか見たことのない生物が二頭、手綱に繋がた姿で主を出迎えた。
 物語や図鑑でしか見たことのなかった生物の登場に、レティシアは目を輝かせる。
「すごい……」
 感動している間に従者がキャリッジのドアを開ける。肩を抱いていたセシリアスタが先にキャリッジに乗り込み、レティシアに手を差し伸べた。
「さあ、お手をどうぞ、レディ」
 差し出された色素の薄い白い手と、セシリアスタの顔を交互に見やる。不安げなレティシアに対し、セシリアスタは静かに微笑んだ。その表情に安堵し、レティシアはセシリアスタの手を取り、キャリッジへと乗り込む。
 その後、従者の一人が同様にキャリッジに乗り込み、カイラに手を差し伸べる。カイラは礼を述べながら手を取り、キャリッジに乗り込んだ。他の従者はグリフォンに跨り、手綱を巧みに操り馬車を走りださせた。

 門の手前、何時もクォーク邸の門番をしているフットマンのギャリンがキャリッジを見上げていた。
「魔導公爵様!」
 馬車の前に立ち塞がり、馬車を止めさせる。すぐさまキャリッジの方に向かい、レティシアの側に駆け寄る。
「お嬢様、これを」
「これは……?」
 小さな紙袋を受け取り、中を確認する。中には可愛らしい刺しゅうの施された巾着に入ったポプリが二つと鈴蘭の刺しゅうの施されたハンカチが入っていた。
「使用人全員から、お嬢様にです。そんな些細なもので申し訳ないのですが……」
 使用人達からの贈り物……その言葉に、涙が滲んだ。皆、忙しい仕事の合間に私の為に用意してくれたのだ――。そのことが、何より嬉しかった。
「……ありがとう、ギャリン。皆に、ありがとうって、大切にするって、伝えて頂戴」
 涙の滲む目を細め、懸命に微笑むレティシア。ギャリンは大きく頷くと、門を開けた。
「どうぞ。先程の無礼、失礼いたしました」
「構わん。時にお前」
 ギャリンが深々と頭を垂れた直後、セシリアスタはギャリンに声をかける。ギャリンは恐る恐る顔を上げた。
「この後、辺境伯が来る筈だ。その際、この書簡を見せるようとクォーク伯爵に渡しておいてくれ」
 スッと伸ばされた手から、ギャリンは恐る恐る受け取る。「確かに、受け取りました」とギャリンが答えたのを見届けると、グリフォンは颯爽と走り出した。

 窓から上半身を出し、遠ざかっていくクォーク邸を見やる。最後の最後に両親を怒らせるようなことをしてしまった以上、もうこの屋敷には戻れないだろう。沢山の嫌なことがあった。でも、それと同じくらいいい思い出もあった。使用人達との沢山の思い出、そんな大切な使用人達とのお別れ。レティシアは溢れそうになる涙を、唇を噛み締め耐えながら遠く小さくなっていくクォーク邸を見続けた。
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