魔法の使えない不良品伯爵令嬢、魔導公爵に溺愛される

新しい家1

　グリフォンに牽引された馬車は、あっという間に目的地であるユグドラス邸へと到着した。セシリアスタに手を取られながらキャリッジから降りると、目の前の大きな屋敷を見る。
（パーティーの時以来ね……）
　王家とごく一部の家柄しか許されていない、白を基調とした壁。屋根は空を思わせるスカイブルーで統一されている建物の数々。改めてみると、圧倒させられる。
（私、此処でやっていけるのかしら……）
　魔法の使えない『不良品』であり、まだ成人もしていない子どもだ。そんな自分が、果たして魔導公爵と謳われるセシリアスタの婚約者としてこの屋敷の使用人達に認めて貰えるのだろうか――。今更ながら、不安になってくる。
足が竦みそうになった。
「レティシア嬢」
　不安に圧し潰されそうになっているレティシアに、セシリアスタは声をかける。心配そうに顔を上げるレティシアに、セシリアスタは微笑んだ。
「心配は要らない。今日から此処が、君の新たな家だ」
「セシル様……」
　セシリアスタの言葉に励まされ、深く深呼吸をする。落ち着きを取り戻し、レティシアはセシリアスタに笑みを返す。
「……ありがとうございます。セシル様」
　そっと肩を抱かれ、引き寄せられる。そのまま二人はゆっくりと、階段を登っていく。玄関に到達し、ゆっくりと、扉が開かれた。
「お帰りなさいませ。旦那様」
　エントランスには、使用人達が壁伝いに並んで主を出迎えた。年配の執事がセシリアスタを出迎えると、一斉に使用人達が頭を垂れる。圧巻の出迎えに、レティシアは肩に力が入った。
　セシリアスタはそんなレティシアの肩を優しく叩き、前を向く。
「今日からこの屋敷に住まう、我が婚約者のレティシアだ。皆、丁重にもてなせ」
　澄んだ声がエントランスに響く。主の声の後、頭を垂れたままの使用人達から一斉に「了解いたしました」と声が上がる。
「レティシア嬢」
「は、はいっ」
　囁く程度の声で呼びかけられ、肩を震わせ驚きながらセシリアスタを見上げた。
「君からも、何か一言貰えると助かる」
　耳元で囁かれ、体から得も言われぬ甘い痺れが奔る。だが、何か言わなければ……そう意気込み、レティシアは深呼吸をした。
「……皆さん、顔を上げてください」
　レティシアの声に、使用人達は一斉に顔を上げ姿勢を正す。沢山の視線がレティシアに向かってくるが、意を決して言葉を発する。
「セシリアスタ様からも紹介がありましたが、レティシアと申します。不慣れな所もございますが、皆さま宜しくお願いいたします」
　深くお辞儀をし、レティシアは使用人達へと視線を向ける。何故か呆気に取られている人が多く、首を傾げた。
　私、何か変なことをしてしまったかしら――。そう不安になるレティシアに、セシリアスタは小さく溜息を吐き話を切りだす。
「この様に、彼女は自分のことを卑下している点がある。向こうでも此れが日常だったらしいので、その様に接してくれ」
　卑下なんて、しているのだろうか？　レティシアはちらりと背後にいるカイラに視線を送るが、カイラは苦笑するだけだった。

「部屋に案内する。それから食事にしよう」
　セシリアスタの言葉を合図に、使用人達は一斉に持ち場へと移動を始めた。あまりの迅速さに、レティシアは目を瞬かせる。
「アティカ」
「はい」
　セシリアスタを出迎えた執事が、一人の侍女を呼ぶ。飴色の瞳にライトブラウンの髪をショートボブに切り揃えた女性が歩み寄ってくる。
「共に荷物を運ぶのを手伝ってやりなさい」
「了解いたしました」
　そう言い、アティカと呼ばれた女性はカイラと共に荷物を持ち出す。
「さあ、こっちだ」
　セシリアスタに促され、足を進める。パーティーの時にも見た風景だが、花瓶に活けられたどの花も活き活きとしており、使用人達の管理の良さが見てとれた。
「活けてある花々は水魔法が使える者達が管理している。気に入ったか？」
「はい。とても美しいです。……魔法って、こんな日常でも使えるものなんですね」
　『不良品』の私は知らなかったです……。そう話すレティシアに、セシリアスタはぎゅっと肩を強く抱いた。
「セシル様？」
「君は『不良品』などでは決してない。まずはそこから直していかねばな」
　苦笑しながら、セシリアスタは答える。でも、魔法が全てのこの国で魔法が使えない自分はどう見ても『不良品』だ。そこをどう直せというのか――。セシリアスタに見えないよう、微かに俯き小さく溜息を吐いたレティシアだった。