魔法の使えない不良品伯爵令嬢、魔導公爵に溺愛される

精霊の声

 レティシアは目の前に浮遊するそれぞれ違った色の光を纏う四体の小さき存在に、目を奪われた。
「綺麗……」
《あら、そう言ってくれるなんて嬉しいわ》
 緑の光を纏った、ほっそりとした少女が微笑む。すると、隣にいた青い光を纏った水の体の少女も微笑んだ。
《綺麗って、人間の言葉だけど言われると嬉しいわよね》
《そうよね》
 可愛らしく、それでいて綺麗な存在の微笑ましい光景に、レティシアは目を輝かせた。
《ホホッ、なら儂も綺麗ということかのう》
 黄色の光を纏った、長い髭を生やした二十センチ程の老人は、頬を染めながらにこやかに笑みを浮かべる。
《あなたはどう見たって綺麗に分類されるわけないでしょう》
《それは残念じゃ……》
《まあまあ……みんな綺麗ってことにしようよ、ね?》
 赤い光を纏った、炎で出来た小さなトカゲが三体の仲裁に入る。三体は頷き、そして笑いあった。
 そんな光景を、三人の青年は呆気に取られながら見上げていた。
「おいおい……前にやった時はこんなにはっきりと見えなかったぞ」
 エドワースの言葉に、セシリアスタもイザークも驚愕の表情を浮かべている。そんな三人に、小さき存在達は目を向けた。
《あら、久しぶりね。何年ぶりかしら?》
 水の体の少女が話しかけてくる。えーと、と炎のトカゲが考えだす。
《四世紀ぶり?》
《そんなに人間が長生きする訳なかろうに。確か……えっと……》
「八年ぶりだ。精霊たちよ」
 考えだす老人に、セシリアスタは答えた。セシリアスタの一言に、レティシアは驚き目を見開く。この子たちが、精霊なの? レティシアは改めて四体を見上げる。
《そうそう、確かにそれくらいかも》
 緑のほっそりとした少女が笑いながら頷く。四体はレティシア達の頭上をまるで遊ぶように飛び回った。
《はじめましての子もいるわ。私はシルフ。風を司っているわ》
 緑の光を纏った少女が、笑顔でレティシアに挨拶をする。
《私はウンディーネ。水を司っているわ》
《儂はノーム。地を司っておるわい》
《僕はね、サラマンダーだよ。火を司ってるの》
 緑の光を纏った少女に引き続き、青い光を纏った水の体の少女、長い髭を蓄えた老人、炎の体のトカゲが挨拶をしてくる。レティシアは慌てて、お辞儀をした。
「は、はじめましてっ、レティシアといいます!」
 深々と挨拶をするレティシアに、四体は小さく笑い合いながらレティシアの頭を撫でていった。それに驚き、また嬉しさに頬を緩ませるレティシアだった。
「精霊たち、聞きたいことがある」
 セシリアスタの声に、ノームが振り返る。
《ん? なんじゃい》
「この少女は魔法が使えない。しかし四大精霊の力を合わせねば発動できない光の古代魔法の素質がある。これはどういう意味だ?」
 セシリアスタの言葉に、レティシアの周りにいる四体は考える仕草をし、レティシアへと視線を向けた。
《確かに、君には僕たちの力が使えないみたいだね》
 サラマンダーの一言に、レティシアは俯く。やはり、四大属性どれにも適応していないのは事実のようだ――。
 そんなレティシアを見て、慌ててシルフが声をかける。
《そんなに落ち込まないで。私たちの力を使えないからって、マナに愛されていないという訳では絶対にないわ》
「でも……使えないのは事実ですから……」
 レティシアの落ち込みようを見て、ウンディーネはサラマンダーに文句を言いだした。
《もうっ、デリカシーのない奴ねっ》
《ご、ごめんよぅ》
 サラマンダーからレティシアに振り返ったウンディーネは、レティシアに声をかけだす。
《いい? 確かにあなたは私たちの個々の力を使うことは出来ないわ。でも、私たちの力をかけ合わせることは出来るのよ》
「え……?」
 ウンディーネの言葉に、顔を上げるレティシア。ウンディーネの隣にいたノームも近付き、微笑んだ。
《その魔石が、何よりの証拠じゃ。お前さんは確かに、サラマンダーの言う通り儂らの個々の力を使うことは出来んようじゃ。しかし、ウンディーネが言ったように、儂らの力を束ねることは出来るようじゃのう》
《そうそう。昔から使える人は少なかったけど、あなたにはその素質があるみたいだし、魔法が使えるようになるのはあなた次第ね》
「私、次第……?」
 シルフの言葉を反復するレティシア。シルフはうん、と頷き、言葉を続ける。
《私たちの力を束ねるのって、すごく大変なことよ。私たちの力が使えないなら尚更。でも、それでも努力さえすれば、きっとあなたも魔法が使えるようになるわ》
 シルフの言葉に、レティシアは静かに涙が頬を何度も伝った。セシル様の言う通り、マナに愛されていた。私にも、魔法が使えるかもしれない――。そのことを精霊たちから直接聞け、自然と涙が溢れたのだ。
《さ、そろそろ帰りましょ》
《そうね》
《そうじゃな》
 ウンディーネの掛け声に、シルフとノームが頷く。サラマンダーは、セシリアスタの側に擦り寄っていた。
《大丈夫?》
 サラマンダーに心配されながら、セシリアスタは頷く。額には汗が滲み、険しい表情を浮かべていた。
「セシル様っ」
 ハッと我に返り、頬を使う涙も拭うのを忘れセシリアスタの方を振り返る。気付かなかったが、握る手も汗で湿り、浅い呼吸を繰り返していた。
《急いで帰ろう。彼の魔力が尽きちゃう》
 サラマンダーの一言に、精霊たちは最後にとレティシアの前に集まった。
《お前さんに、マナの加護があらんことを願っておるよ》
 精霊たちを代表して、ノームがレティシアを励ました。後ろにいる三体も、笑顔でレティシアを見つめている。
「ありがとう、ございます……っ」
 涙ながらに、レティシアは微笑んだ。その笑顔を見て、精霊たちはスッと静かに消えていった。


「っ」
 精霊たちが消え、セシリアスタがよろめく。慌ててイザークが支え、ソファに体を預けさせる。
「セシル様っ!」
 慌てて、レティシアはセシリアスタの汗をハンカチで拭う。汗の量が半端ない量だった。
「無茶しすぎだよ」
「これくらい……無茶には入らん……」
 呆れるイザークを前に、セシリアスタは深呼吸しつつ答える。エドワースが持ってきた水を飲み、一息吐く。
「ごめんなさい……私の所為ですねよ……」
「レティシアの所為ではない」
「でも……っ」
 涙を袖で拭いながら、レティシアはセシリアスタに詰め寄る。しかし、セシリアスタは首を横に振った。
「君の所為では、決してない」
「セシル様……」
 握られたままの手を、ぎゅっと握り返される。レティシアは、これ以上は何も言えなかった。
「レティシア嬢、真っすぐ座って貰えますか?」
「え? はい」
 エドワースの突然の言葉に、レティシアはテーブルに沿って真っすぐ座り直す。すると、エドワースはセシリアスタを勢いよく押し、レティシアの膝に頭を乗せさせた。
「っ、エド!」
「そのまま動くなっての」
 起き上がろうとするセシリアスタを、エドワースは押し留める。レティシアは驚き、目を瞬かせた。
「レティシア嬢、そのままそいつのこと頼みます。俺はこいつを見送りに行きますんで」
「え! エドの見送り!?」
 突然の言葉に二の次が言えないレティシアを置いて、エドワースとやけに喜んでいるイザークは部屋から出て行ってしまった。セシリアアスタは何とか起きようとするが、うまく力が入らないのか動けないようだった。
「……セシル様」
「……」
 失礼かもしれないと思いながらも、膝の上にあるセシルの頭を撫で、レティシアは言葉をかける。セシリアスタは、何も言わなかった。
「講義、ありがとうございました」
「……後で、またオリビアの所に行くぞ」
「はい」
 静かに梳く髪は艶やかで、セシリアスタの美しさを際立たせる。髪を梳き続けるレティシアに、セシリアスタは一言だけ、言葉を投げかけたのだった。
< 33 / 48 >

この作品をシェア

pagetop