あんたなんかもう好きじゃない
8月も終わりに近づいて、ようやく雅也と会う日が来た。
今日が二人で会う最後の日になるかもしれない。
そう思うと、いつもより化粧や服選びに時間がかかった。
きっと泣くだろうな。
そう予感して、ハンドバッグの中にはハンカチの他にポケットティッシュも二つ入れた。
待ち合わせ場所に指定したのは、よく二人で行ったタイ料理屋。
辛いものが好きな雅也の好みに合わせて、私が見つけた店だ。
いつもなら待ち合わせ時間ぴったりに来る雅也が、今日は私より早く着いていた。
これまでそんなことが無かったから、店内に入ってから一瞬私は呆けてしまった。
「珍しいね、私より早く来るなんて」
「たまにはこういうこともあるよ。それより、外暑くなかった?何か飲む?」
オニヤンマがあちこちで飛びはじめ、秋めいた季節になってきたとはいえ、まだまだ残暑は厳しい。
雅也と同じバタフライピーソーダを頼んで、私は向かいの席に座った。
しばらく会わない間に、雅也は少し痩せていた。
もともと細身ではあったけれど、痩せたことでより顔立ちがくっきりとした。
どこか疲れが滲んでいるようなその表情がまた色っぽくて、別れる決意が揺らぎそうになる。
「雅也、話したいことがあるの」
優柔不断になる前に切り出さないと。
今、言わないと。
自分にそう言い聞かせるのに必死だったからか、声が微かに震えた。
「別れたいの」
ああ、とうとう言ってしまった。
後戻り出来ない一言を吐き出してしまった。
自分が言ったことが、今自分がしていることが信じられなくて、真尋先輩とホテルに入った時のようにどこか他人事に感じてしまう。
でもそれは雅也も同じだったようだ。
普段はまったく表情が変わらない彫刻めいた綺麗な顔が、驚愕に染まっている。
「え、今、なんて言った?」
カタコトになるほど動揺してくれているのが嬉しいと思いつつも、私の決意は変わらなかった。
「別れよう、私たち」
今度は声が震えなかった。
そして、どこか穏やかな気持ちでいられた。