あんたなんかもう好きじゃない


楓から浮気したと告白された時、相手が真尋先輩であること、楓が先輩と寝たことも直感して、どうしようもなく腹が立った。
俺のことが好きなんじゃなかったのか?と楓を責めたくなったし、真尋先輩が目の前に居たら殴っていたかもしれない。

楓を異性として見ていないくせに、独占欲だけは一丁前にある。
そんな自分の最低さに吐き気がして、でもドス黒い感情は抑えられなくて、つい勢いで別れを受け入れてしまった。

しかも、最後の最後に余計なことを言った。
なんだ、好きになれなくてごめんって。

いくらなんでもデリカシーに欠ける言葉だ。
人の心の機微に疎い俺でも、さすがにわかる。
さっきの俺はいつもの俺じゃなかった。
無意識のうちに、楓を傷つけるような言葉を選んでいた。

いや、むしろこれで良かったのかもしれない。
あのクズ野郎と蔑む事で、楓は次の恋に進める。
俺なんかさっさと忘れて、何の未練もなく真尋先輩の恋人に……。


二人が並んで歩いている様子を思い浮かべるだけで、嫌悪感が湧き出る。
楓の次の恋人が知り合いだからか。
これが、まったく見知らぬ他人だったらもっと冷静でいられただろうか。

急に酔いが回ってきて外の空気が吸いたくなり、ベランダに出る。
足元に固い何かが当たり、そこに視線を落とすと、アップルミントの鉢植えが視界に入った。
去年の夏に、ゴキブリ対策にと楓が買ったものだ。

たまにしか水をやっていないのに青々と繁るこのミントは、これから先どうすれば良いのだろう。
このまま俺が育てるべきなのか、買ってきた楓に返すべきなのか。

ミントだけじゃない。
楓のものはまだまだたくさんある。
歯ブラシ、タオル類、スリッパ、スキンケア用品、揃いのマグカップ、旅行先で一緒に買った小皿。
生活に溶け込みすぎて普段意識していなかったあれこれが、急に存在感を出してきた。


「こういうの、みんなどうしているんだ」


つい漏れた独り言。
答える人間などいないが、それでも口に出したかった。

そして、予想以上の喪失感に蝕まれていると自覚し、これは立派な失恋だなと思う自分がそこにいた。
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