あんたなんかもう好きじゃない
「あの頃の藤沢は凄かったなあ。とても初恋とは思えないアグレッシブさで。水沢が制作に夢中になれば代弁して、講義内容をまとめて連絡して、課題が出たら早く終わるよう手伝って。徹底した忠犬ぶりだった」
「人を犬扱いしないでください!それに、頑張った分だけ雅也はありがとうを言ってくれたから良いんです。あの時必死にアピールしたから、こうして彼女にもなれたし……」
だんだん言葉から勢いが消えていく。
彼女にはなれた。
なりふり構わない全力のアピールが効いたのか、雅也に近づく女子はおらず、出会って3ヶ月経った頃に告白し、すんなり受け入れて貰えた。
バイトが終わる時間が夜遅くなれば迎えに来てくれるし、私が観たいと言った映画や行きたいと行った場所はだいたい覚えており、たまに連れて行ってくれた。
ドラマチックではないが、穏やかな付き合い。
二人の関係はこういったものなのだ、これが私たちのペースなのだと、胸を張って言えていたのは、最初だけだった。
「真尋先輩、雅也と会ってますか?」
「いやー、全然。っていうか、あいつに連絡しても返事が来るのは3回に1回くらいだし」
「私もですよ。もう一週間以上連絡無しです」
「え、彼女なのに?」
言葉が鋭い矢となり、ハートにぐっさりと突き刺さる。
目が潤むのを抑えられず、咄嗟に俯く。
「確かに付き合ってはいるけど、雅也は私のことなんとも思っていないですよ。嫌いじゃないけど、好きでもないみたいな。好きなのは私の方だけです」
3年前からずっとそうだ。
初めてのキスもセックスも、すべて私がお膳立てしてやっと実現したのだ。
雅也から手を出して来たことは、一度もない。
日本酒を一気に飲み干し、今まで誰にも打ち明けたことがなかったことを吐露する。
秘密を晒す恐怖が一瞬胸に広がるが、それ以上に誰かに話して楽になりたいという願望が勝った。
「私たち、3年も付き合っているのにたった1回しかしていないんですよ」
何を1回しかしていないのか、具体的に言わずとも真尋先輩はすぐに察したらしい。
ハイボールに口をつけたままフリーズし、何秒か経過し、ようやく動き出したかと思えばしきりに首を捻った。
「え、今なんて言った?1回?3年で?3ヶ月じゃなくて?」
「3年で、です。付き合って半年くらいで1回、それ以降はまったく無し」
「嘘だろ!?」
うっすらタバコの匂いがする狭苦しい居酒屋の片隅で、先輩の叫びが小さく響いた。