あんたなんかもう好きじゃない
「楓のことは好きですよ。しっかり者で、優しくて、料理も上手くて、俺なんかにはもったいない良い彼女だと思っています。でも……ダメなんです。楓のすべてが好みじゃなくて、どうしても興奮出来なくて」
申し訳ないとは思っているんです。
そう呟く声は、今にも消えそうなくらい小さかった。
「じゃあさ、なんで付き合っているんだ?抱きたくない女と付き合い続ける意味はあんのか?」
「女として見ることは出来なくても、楓の人間性は好きだから……ですかね?」
自分でもよくわかっていないのか、水沢の答えはハッキリしないものだった。
言われてみれば確かになぜ付き合っているのだろうとでも言いたげなその表情に、再びイラッとくる。
だが今回は苛立ちに、微かな期待と興奮も混ざった。
「このまま藤沢を飼い殺しにするのか?あいつ、悩んでいたぞ」
「俺を好きでいることが楓の幸せなら、止めようとは思いません。どれだけ辛くても好きでいたいと言ってくれたこと自体はすごく嬉しかったし。でも、そうですね。きっと俺はこれからも楓を女性として愛することは出来ないから、それなら誰か他の男に楓を幸せにしてもらった方が良いかもしれない」
でも、楓がいない生活って想像出来ないな。
その一言に強烈な羨望と怒りが湧き上がり、俺は水沢の胸ぐらを掴みそうになった。
10代から20代にかけての貴重な3年間を無駄にさせておきながら、一体何を言ってるんだ。
何を都合の良いことを。
「なら、俺が貰うぞ」
つい飛び出た声は、自分でも驚くほど冷ややかだった。
俺が何を言ったのか理解出来なかったらしく、水沢は呆然としている。
「え?」
「お前の性癖は口外しないし、否定もしない。けど、お前がそんな風なら、俺が藤沢を貰う。口説いて彼女にする」
体中を流れる血がマグマみたいに感じた。
ドロドロして、触れたら消し炭になるような熱量で。
これ以上飲む気分にはなれなくて、財布を開いて一万円札をテーブルに置くと、俺は足早に店を出た。
そして、水沢の性癖を口外しないと約束した以上、藤沢に本当のことを話すことが出来ないのだと気づき、どうしたものかと考える羽目になった。