(仮)花嫁契約 ~ドS御曹司の愛され花嫁になるまでがお仕事です~

 朝陽(あさひ)さんの言う通り、彼の隣で(ながれ)の事を思い浮かべたりしていいわけがない。一方的に別れを告げられて、まだ気持ちが追い付かないのも事実だがここまで来たら前に進まなくては。
 気合いを入れ直すように拳を握れば、その様子を見ていた朝陽さんが僅かに微笑んだ……ような気がした。

「さて、俺はそろそろ会社に戻らせてもらう。残りは鈴凪(すずな)一人でも出来るだろう?」
「出来なくはないですけど……朝陽さんは私が金目の物を持って、ここから逃げるとか考えたりしないんですか?」

 玄関やリビング、廊下などに飾られている美術品や彼の私物はどう見ても高価な品に違いない。そんなものがゴロゴロ置いてある場所に、契約を交わしたとはいえ良く知りもしない他人を一人で置いていくなんて。
 そう思って聞いてみたというのに……

「そんなこと出来もしないくせに? それに、だ。もしそれが出来たとしても……この俺からそう簡単に逃げきれると思っているのか、鈴凪」
「……そう、ですよね」

 考えてみれば朝陽さんは既に私の周辺調査を済ませている。そうなれば家族や友人などの関係者に、迷惑をかけてしまう可能性もあるんだ。
 自分にそんなことが出来るわけない。それも全部分かってるから、朝陽さんは私をここに一人でおいていけるのだと思い知らされる。

「ヤな人ですね、朝陽さんって」
「誉め言葉だな、そう嫌そうな顔をされるともっと虐めたくなるな」

 何を言っても大したダメージを与えられない。大企業の後継者として特殊な環境で育ってきた彼には、こんな私の嫌味など何てことないんだろうな。

「どうせ帰るのは日付が変わってからだ、鈴凪は先に休んでていい」

 そう言って私の頭頂部にポンと手を乗せた後、玄関で待たせていた部下と一緒に出て行ってしまった。
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