この恋の化学反応式
それからも塾に通う日々は続き、気づけば家のリビングにかけられたカレンダーは7月に変わっていた。

「あと少しで模試、、、」

勉強漬けの毎日に変化があるとすれば、少しだけ塾が楽しみになったことだろうか。

「先生こんにちは」

今日も、塾で先生と会えることを嬉しいと思う自分がいる。

「こんにちは」

「お、有川、今日もサボらず来てえらいな!」

「サボろうと思ったこと1回もありませんよ」

最初は少し苦手意識を持っていた私だったけど、何回か話すうちに緊張もほぐれ、数週間も経つと冗談を言い合えるような仲になっていた。

授業が終わり、御手洗に行こうとしていたその時、塾の女子生徒の会話が聞こえた。

「橘先生、めっちゃかっこよくない?私2人きりで授業受けてる時全然集中できなかったんだけど〜!」

「え〜!橘先生の授業受けれたとかうらやましすぎ!」

「私も橘先生に変えて欲しい〜!!」

「ほんとに橘先生固定の有川さんが羨ましすぎるよね〜!」

「そうそう、受験生じゃないと先生固定できないもんね〜」

急に自分の名前が聞こえて、ビクッとする。
私はあの子たちの顔くらいしか知らないのに、一方的に存在を認識されていることに驚きを感じた。

(そっか。橘先生って別に私だけに教えてるんじゃないんだ、、、。他の子と2人きりになったりもするよね)

普通に考えれば当たり前のことなのに、胸がもやっとする。
私はその気持ちに違和感を感じ、彼女たちの前を通ることが出来ずに踵を返した。

(今は勉強に集中しなきゃ)

余計なことを考えている暇は、今の私には無い。だって、、

(明日は模試だし)

憂鬱さを抱えながら鞄を取りに教室へ戻ろうとした時、廊下の角で橘先生と鉢合わせた。

「あ、有川。、、、なんか元気なさそうだな。明日の模試、不安か?」

先生は私の顔を覗き込んでそう言った。
急に先生の顔が近づき、びっくりしながらも

「あ、はい、、そうですね、、志望校の判定も出ますし」

と答えた。

本当は志望校なんかじゃないけれど、、、

その大学に行けるかどうかより、自分の実力を思い知らされるのが怖い。
でも私は心の内を先生に言うことが出来なかった。

自分の弱さを誰かに知られてしまうことの方がもっと怖かったから。

挨拶もそこそこに塾を出て、家路に着く。
空を見上げても星はひとつも見つからなかった。

そうして、いろんなもやもやを抱えたままいつの間にか夜は明け、模試当日になった。
< 6 / 24 >

この作品をシェア

pagetop