Immoral

胸にとびこみたいのに

早川さんとは結局水曜の夜に会った。早川さんは火曜と水曜が基本の休みだが、客側の都合で指定されれば休みの日でもアポイントが入ってしまう。そうすれば仕事せざるを得なくなるのでその日も午後まで仕事をしていたということだった。忙しそうなので私が早川さんの職場の近くまで出向く事にした。

「あまり時間がとれなくてごめんね。」

会うと早川さんは言った。

「いいの。私はいつでも合わせられるから。今のところ。」

「そうか。ありがとう。何しろ俺、丸一日休んだことなんてここ数ヶ月ないんだよね。一年位ないかもしれない。」

と早川さんが言った。

確かに営業担当の山崎さんが、早川は支店でも一番忙しくてつかまらないので立ち会えなくて申し訳ありませんと両親に弁解しながら謝罪していた事が度々あった。そのたびに両親よりも私ががっかりした。

少し歩いて小さな居酒屋に入った。父親位の歳のサラリーマンが仕事帰りに男だけで立ち寄るような店だった。若い女の子を連れて来るような雰囲気はなく、私は明らかに異分子だった。

「こんなとこでごめんね。」

早川さんは困ったような、苦笑いするような表情で言った。

「別に、こんなとこなんて。落ち着いてていいよ。早川さん、謝ってばっかり。」

私は笑いながら言った。実際、男の人の秘密の隠れ家に立ち寄っているような興奮があった。日本酒で乾杯した。

「ここ、よく来るの？」

私は聞いた。

「前はね。今は忙しくて飲む暇もないし。」

言いながら弱々しく笑う。

「前は仕事帰りに会社のやつと来たけどね。」

そう言って飲みながら前髪をかきあげる。サイドに流れるような長めの前髪ではない。どちらかと言えば全体的に短めの髪だ。これといってお洒落な髪型ではないがさりげなくて似合っている。

笑うと眩しくて目を細めているように見える少し変わった表情になるが、それがとても魅力的だとずっと前から思っていた。

手は指が長くて格好がよいのに女性的ではなくしっかりとした男の手だ。内装の説明をされている時その手の魅力に真っ先に気づいた。
その指があちこちを差して説明するのを聞いているとその動きに魅了された。その指に触れてみたくなってドキッとした。

「なんかそんな忙しい時に時間を作ってもらって申し訳ない気がする。」

本心から私はそう言った。

「いいんだよ、楽しいんだから。ね、たまにはいいじゃない。」

と早川さんは言った。うれしかった。早川さんが私といる時間を楽しいと言ってくれた。二人でまた乾杯した。

「でもこれから今よりもっと忙しくなりそうなんだよね。本当に次はいつって約束できないかもしれない。」

「うん。」

私は頷いてみせたが内心かなりがっかりしていた。でも私の落胆を早川さんが負担に感じてしまわないようなるべく何でもないように装った。