Immoral
「あまり遅くならないうちに帰ったほうがいい。」
保護者のように早川さんは言って会計に立った。ごちそうさまと言うと
「どういたしまして。お酒、強いね。」
と私に言った。二人で店を後にしながら駅までの道を歩いた。
「本当に強いの。私。かわいくないでしょ?」
「うん、かわいくない。」
早川さんが言った。冗談だとわかっていたがふくれてみせた。
「冗談だよ、冗談。かわいくなかったらお客さんのところのお嬢さんなんて誘うわけないよ。」
早川さんは言って私の手を取った。
心臓が止まりそうだった。そのまま手をつないで駅まで歩いた。ずっとこのまま歩いていたいと思った。
早川さんは何でもないような顔をして私の手を取って歩いていた。私はつないだ手から脈動が伝わってしまうのではないかと思うほどどきどきしていた。
その後も早川さんとは平日の夜に会った。少し時間がとれた時にたまに会ってお酒を飲むという事しかできなかった。
それでも早川さんは一生懸命時間を作ってくれていたと思う。
その夜、いつもの居酒屋で飲んだ後で少し散歩しようと早川さんが言った。繁華街を少し歩くと公園があった。
「座ろうか。」
早川さんが言ってベンチに座った。私も隣に座った。
この時間マンションの建ち並ぶ中にある公園はほとんどひと気がない。たまに遅いウォーキングをしている人が通った。
少し離れたあたりに駅前の繁華街のあかりが見える。ここはその喧騒から程よく離れて静かだった。
「俺達どんな風に見えるんだろうね。」
早川さんが唐突に言った。
「どんな風って?普通のカップルには見えないの?」
私は言ってみた。
何度目かのデートだったがいまだにつき合っていると言えるほど進展してはいなかった。
私はそんな状態が少し物足りなくなっていた。
一回り程年下の私が子供っぽくて、女としての魅力が足りないから本気になってくれないのかと思っていた。
だから早川さんに会うといつも背伸びして大胆に振る舞おうとしていた。裏腹に早川さんはどんどん慎重になっていくようだった。
多分私の気持ちがダイレクトすぎてすぐには応えられないというのが大きかったと思う。
私の気持ちに迷いがなさすぎて受け止められないかもしれないという思いが早川さんを押し止めていたのかもしれない。会話の中でそう感じる事もあった。
「普通のカップルか。」
早川さんは言った。
「歳が離れてるけどね。」
と付け足す。
「私はそんなに離れてるって感じはしないけど。」
私は言った。
「そうかな。やっぱり若いよ。ミズキちゃんは。」
私の方に向き直って早川さんは言った。私は見つめ返す。『付き合おう』とか『好きだよ』とか言ってくれないかなと私は待っていた。
でも早川さんの口からそんな言葉は聞けなかった。早川さんは私を見つめて
「なんだか歳が違いすぎる気がするんだ。」
と言った。
私は泣きそうな顔をしていたかもしれない。
「そうかな。」
精一杯強がって言ってみた。胸がいっぱいでほんの少しの刺激で涙が出そうだった。
ミントキャンディーを間違って飲み込んでしまったみたいに喉と胸がスースーした。
早川さんの顔が近づいてきて私たちは初めてキスをした。静かなキスだった。
早川さんはそっと唇を離した。
抱きしめてくれるわけでもなかった。
私の頭の中はぐるぐるといろいろな気持ちがかけまわっていたが何も言えずに黙って早川さんを見つめていた。
しばらくすると早川さんは私の手をとって
「遅くなるから帰ろうね。」
と立ち上がった。
何もなかったように、それまでと同じように駅まで手を繋いで歩くと二人でタクシーに同乗した。
車内ではほとんど話をしなかった。いつまでも家に着かなければいいと思った。何も話さなくてもいいからずっと隣にいたかった。
しかしタクシーは無情にも10分ほどで私の自宅前にとまった。早川さんは去り際に
「会社に連絡して。またね。」
と言った。
私が手を振ると早川さんも照れたようにほんの少しだけ手を振り返してくれた。
私は早川さんを乗せたタクシーが見えなくなるまで小さく手を降り続けていた。
保護者のように早川さんは言って会計に立った。ごちそうさまと言うと
「どういたしまして。お酒、強いね。」
と私に言った。二人で店を後にしながら駅までの道を歩いた。
「本当に強いの。私。かわいくないでしょ?」
「うん、かわいくない。」
早川さんが言った。冗談だとわかっていたがふくれてみせた。
「冗談だよ、冗談。かわいくなかったらお客さんのところのお嬢さんなんて誘うわけないよ。」
早川さんは言って私の手を取った。
心臓が止まりそうだった。そのまま手をつないで駅まで歩いた。ずっとこのまま歩いていたいと思った。
早川さんは何でもないような顔をして私の手を取って歩いていた。私はつないだ手から脈動が伝わってしまうのではないかと思うほどどきどきしていた。
その後も早川さんとは平日の夜に会った。少し時間がとれた時にたまに会ってお酒を飲むという事しかできなかった。
それでも早川さんは一生懸命時間を作ってくれていたと思う。
その夜、いつもの居酒屋で飲んだ後で少し散歩しようと早川さんが言った。繁華街を少し歩くと公園があった。
「座ろうか。」
早川さんが言ってベンチに座った。私も隣に座った。
この時間マンションの建ち並ぶ中にある公園はほとんどひと気がない。たまに遅いウォーキングをしている人が通った。
少し離れたあたりに駅前の繁華街のあかりが見える。ここはその喧騒から程よく離れて静かだった。
「俺達どんな風に見えるんだろうね。」
早川さんが唐突に言った。
「どんな風って?普通のカップルには見えないの?」
私は言ってみた。
何度目かのデートだったがいまだにつき合っていると言えるほど進展してはいなかった。
私はそんな状態が少し物足りなくなっていた。
一回り程年下の私が子供っぽくて、女としての魅力が足りないから本気になってくれないのかと思っていた。
だから早川さんに会うといつも背伸びして大胆に振る舞おうとしていた。裏腹に早川さんはどんどん慎重になっていくようだった。
多分私の気持ちがダイレクトすぎてすぐには応えられないというのが大きかったと思う。
私の気持ちに迷いがなさすぎて受け止められないかもしれないという思いが早川さんを押し止めていたのかもしれない。会話の中でそう感じる事もあった。
「普通のカップルか。」
早川さんは言った。
「歳が離れてるけどね。」
と付け足す。
「私はそんなに離れてるって感じはしないけど。」
私は言った。
「そうかな。やっぱり若いよ。ミズキちゃんは。」
私の方に向き直って早川さんは言った。私は見つめ返す。『付き合おう』とか『好きだよ』とか言ってくれないかなと私は待っていた。
でも早川さんの口からそんな言葉は聞けなかった。早川さんは私を見つめて
「なんだか歳が違いすぎる気がするんだ。」
と言った。
私は泣きそうな顔をしていたかもしれない。
「そうかな。」
精一杯強がって言ってみた。胸がいっぱいでほんの少しの刺激で涙が出そうだった。
ミントキャンディーを間違って飲み込んでしまったみたいに喉と胸がスースーした。
早川さんの顔が近づいてきて私たちは初めてキスをした。静かなキスだった。
早川さんはそっと唇を離した。
抱きしめてくれるわけでもなかった。
私の頭の中はぐるぐるといろいろな気持ちがかけまわっていたが何も言えずに黙って早川さんを見つめていた。
しばらくすると早川さんは私の手をとって
「遅くなるから帰ろうね。」
と立ち上がった。
何もなかったように、それまでと同じように駅まで手を繋いで歩くと二人でタクシーに同乗した。
車内ではほとんど話をしなかった。いつまでも家に着かなければいいと思った。何も話さなくてもいいからずっと隣にいたかった。
しかしタクシーは無情にも10分ほどで私の自宅前にとまった。早川さんは去り際に
「会社に連絡して。またね。」
と言った。
私が手を振ると早川さんも照れたようにほんの少しだけ手を振り返してくれた。
私は早川さんを乗せたタクシーが見えなくなるまで小さく手を降り続けていた。