Immoral
確かに営業は忙しそうだった。

私より一年先輩の岩崎さんなどは朝9時台には必ず外出してしまって19時近くにならないと戻らなかった。
毎日ホワイトボードに書ききれないほどぎっしり訪問先の顧客名が書いてあった。

それだけ忙しくても岩崎さんはビザの申請書類を私たちに渡すのが遅くなると

「ごめんね、遅くなっちゃって。」

と気を遣ってくれた。私は岩崎さんのそんなところに尊敬と好感を持っていた。

岩崎さんだけでなく営業は誰も忙しいらしく、22時、23時まで仕事しているのは普通だったらしい。

同期に銀座支店の営業はいなかったから詳しくはわからなかったが、岩崎さんと島田さんという営業などは1時くらいになってしまう事もあって会社に泊まる事もしばしばあると噂で聞いた。

カウンターの2人の先輩、森沢さんと高藤さんという女性はどちらも一人暮らし。森沢さんは猫のような目をした綺麗な人だが性格のきつさが顔に出ていた。

周りが思っている以上に行き遅れていると自身で感じているようでなにかにつけ自虐的にそのことに触れた。

あまりにしばしば言われると否定するのが義務のように感じられてきた。森沢さんが

「私なんかもうトシだし。」

と言い出すたびに

「そんなことないですよ。森沢さんは綺麗だし。まだまだ。」

というような台詞を言わなければならなかった。あまり言いすぎるとまたご機嫌を損ねる。

多分陰でヒソヒソと行き遅れているなどと言われているのはプライドが許さないという事なのだと思う。

とにかく扱いにくいタイプの人だった。
ひがみっぽくねちねちと後輩の言動に文句を言ってみたり、忙しい時にはヒステリーを起こしたり。

私は自分の指導係がこの人でなかった事に感謝していた。

もう一人の高藤さんは後輩の私達より年下だったけれど全く若さを感じさせない地味なタイプだった。

内心どう思っていたかは別として、森沢さんの腰ぎんちゃくの役割で二人できっちりタッグを組んでいた。

そして二人して私達新人を「ちゃらちゃらして派手でいい加減で若さと色気を武器にしてる連中」と勝手に決めつけている感があった。

若さで言えば高藤さんのほうが3つほど年下だったのにだ。

ずっと後になってから高藤さんは営業の一人と付き合っていたと聞いて納得したけれど当時はほとんど毎日営業に付き合って飲みに行く二人の先輩の気がしれなかった。

もちろん残業で残っていれば支店長はじめ営業の男性からは必ず飲みに誘われた。しかも残業のない日なんてなかった。でもなんとかまいて逃げてきたのだ。

銀座支店ではほとんど毎日のように飲んでいた。支店長や営業の誰かにつかまると新人の私達はなかなか帰る事ができなかった。

まだ仕事にもなれていなかったしこれが結構きつかった。明るいお酒で楽しくない訳ではなかったがわざわざ誘われるために残って残業をしているというのは全くわからなかった。
< 24 / 74 >

この作品をシェア

pagetop