Immoral
早川さんの腕の中でぼんやりとそろそろ帰らなくちゃと思っていた。明日は二人とも仕事だ。

でもこの瞬間があまりに幸せで動けずにいた。しばらくして早川さんがまた煙草に火をつけながら

「何時だろう?」

と時計をみた。

「そろそろ帰ろうか」

と早川さんが言った。

私は少し気恥ずかしい思いで急いで支度をした。スーツを着るとまたいつもの早川さんがいた。またちょっと遠くなったようでほんの少し寂しい気がした。

駅までの道を手をつなぎながら歩いた。

「あのさ。」

早川さんが言った。

「こんな時にこう言うと誤解されそうで嫌なんだけど。」

と前置きして言う。

「何?」

私はちょっと不安げに聞いた。

「変な風にとらないで欲しいんだけど、俺、今本当に予定が立てられなくて次にいつ会えるって約束出来ないんだよ。ごめんね。」

「うん、わかってる。」

私は言った。

「また電話していい?」

と聞いた。

「うん、電話して。俺も極力時間作るから。」

「早川さんも電話してね。」

「うん、会社に電話するよ。夕方ならいるんでしょ?」

「うん。18時にはいるはず。」

「わかった。火、水とか夜なら会えるかもしれないから電話するよ。ごめんね。」

私は「うん」と言って頷いたけれど、今この瞬間も刻々と別れの時間が近づいている事でさえも辛く感じている事は言えなかった。

タクシーを待つ間も早川さんと一緒にいる貴重な時間だった。でもそんな時に限ってそれほど待つ事もなくタクシーがきた。

いつものように早川さんが私を送りそのまま同じ車で帰る。車内では軽く手をつないでいるだけだ。

去り際、ほんの一瞬私の手に軽く唇をつけ

「じゃあ、またね。」

と言った。私はタクシーが見えなくなるまで見送ってから家に入った。
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