眠れる森の聖女
拘束されたラグランジュ公は、意識があるものの正気を保てておらず、まともに話せる状態ではなかった。

元々ラグランジュ公の主導で起こった戦争であり、彼による独裁で成り立っていたランブランは完全なる骨抜き状態で、終戦の話し合いはあっけないほどあっさりと進んだ。

北の三国は王国と公国による監視の下、元首をすげ替えた上で自治を認め、現状維持。ランブランの独立は取り消され、大きくなり過ぎたラグランジュ公の領地は分割し、西側を公国、東側を王国で管理することとした。

そのさなか、教皇からラグランジュ公に関する手紙が届いた。

詳細は不明だが、ラグランジュ公は幻術のような魔法を引き金として発症した心因性の痛みが続いている状態なのだそうだ。

世界統一という私欲のために命を粗末に扱ったラグランジュ公が、その行いを心から反省すれば、痛みから解放される可能性があるという。

裁判にかけるのが難しい状態のラグランジュ公はそのまま処刑する方向で考えていたが、それでは彼を単に痛みから解放するようなものだ。

ならば、ラグランジュ公にはたっぷり反省してもらい、もし痛みから解放され正気を取り戻すことがあれば、その時に改めて裁判にかけることにすると決めた。

これに関して、ラグランジュ公の現状が聖女による魔法の効果であることを公にするわけにはいかず、民衆の理解を得るのに随分と骨を折った。だが、犠牲者達の無念を思えば安易な処刑はしたくなかったし、ラグランジュ公は最大限の罰をもって罪を償うべきなのだ。

ラグランジュ公は城の地下牢で、我々には見えない何かに怯え、今もなお続く痛みに悶え苦しんでいる。むごいようだが、彼はそれに値することをしたのだから、当然の報いといえるだろう。

戦後処理を終えてようやく落ち着きを取り戻し始めた頃、父と兄との3人で、今後についての話し合いの場が設けられた。

王の私室に呼ばれたことである程度覚悟はしていたが、父と兄の様子から、先延ばしにしていた王位継承について話すのだろうと想像できた。

王妃の幽閉とラグランジュ公の失脚は、俺を王にしたいと望む者達の声を大きくさせ、この1年、戦争を回避するためになりふり構わず動き回っていたことが、それに拍車をかけた。

だが俺は、王子として今後もこの国のために尽くすつもりはあっても、兄を退けてまで王になる気はさらさらない。

俺が王になったとしても、王妃とラグランジュ公がいなくなった今、以前ほど大きな波風は立たないだろう。しかし、兄を押し退けること自体が波風となって渦を巻き、俺の心に不安となって押し寄せる。

俺は昔と変わらず、優しい兄が好きなのだ。

なのに、兄の母を幽閉させ、祖父を狂わせたのは、実質俺だ。

これ以上兄から何かを奪うなんて、考えたくもなかった。
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