眠れる森の聖女

(教皇)親子の契りと魂の誓約

あれから10日経ったが、聖女はいまだに眠り続けている。

聖女はあの夜、これまで強く太く張っていた精神の糸を、王子の『泣いてもいい』という優しい合図をきっかけに、ようやく切ることができたのだろう。

聖女は私を気遣い、大したことなかったと思わせる言葉を、精一杯選んでいた。だが、10年にも及ぶ壮絶な孤独を隠せる言葉など、存在するはずがない。

想像はしていた、していたが、、

聖女は夢と現実の境がアヤフヤだったと言っており、それはすなわち、寝ても覚めても地獄を味わっていたことに他ならない。悪夢から覚めた聖女は、何度も何度も、繰り返し繰り返し、現実という地獄に落とされ続けたのだ。

10年。

何故、聖女は正気を保っていられたのだろうか。いっそ狂ってしまえたら楽だっただろうに。

泣き疲れて眠り続ける聖女を見て思う。この10年、きっと聖女は泣かずに過ごしていたのだろうと。

泣いてどうにかできる次元はとうに超えていて、聖女はその状況を、正気を保ったまま耐え抜いていたのだ。

前世の聖女がどんな人物だったのかはわからないが、きっと強い人だったのだろう。聖女が前世の記憶に助けられたのは間違いないはずだ。

聖女の腹の上でウトウトしていたサルが小さく声をあげた。このサルは片時も聖女のそばを離れようとしない。

「わかっています。あなたがいたから、聖女が今ここにいるんですよね。ありがとう、感謝します」

心なしか満足そうな顔をして、サルは再び目を閉じた。

そのままサルを眺めていて、あることに気付いた。

聖女とサルの間に『親子の契り』が交わされた形跡を感じる。

出産を伴わずに誕生する聖女が、これまで召喚を行った教皇と交わしてきた契りを、サルと交わしたのか。

驚きこそすれ、嫉妬は感じない。極めて自然なことだと思えた。むしろ、これまでの教皇との契りに違和感すら覚えるほどに。

命を懸けて出産に臨み己を誕生させてくれた母親への感謝が、本来『親子の契り』が持つ意味である。

赤ん坊が産まれて間もなく教会で行われるこの儀式は、出産を伴っていれば確実に、そうでなくとも、親が育て慈しむ気持ちを持っていて子がそれを拒否しなければ、無事に契りが交わされる。

聖女を本当の意味で誕生させたのは、孤独の淵から救い出したこのサルなのだ。

聖女がこのサルに『親子の契り』などでは余りある感謝を感じていることは想像に難くない。故に、この契りが交わされることは余りにも必然であろう。
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