眠れる森の聖女

(梨花子)これ以上ない幸せ

引っ越しをして間もなく、仕事が始まると、私は以前のような生活に戻った。可能な限りシフトに入り、それ以外は勉強と技術訓練に費やし、寝る間も食べる間も惜しんで、少しばかり気を失う。

今までは家に帰らず宿直室で仮眠していたのが、彼の待つ家に戻るようになったのは大きな違いだった。

半分壊れたロボットのような私を、自分だって働いているはずの彼が、一生懸命世話してくれるのだ。どうして彼は、私のそばにいて、世話をやいてくれるのだろう。

「りかちゃんのことが大好きだからに決まってるじゃん!」

意味がわからない。

「りょうちゃん、ありがとう、私も大好きだ」

そう言うと、彼が泣きそうな顔をして私に抱きついてきた。

私は彼が大好きだ。これが本当の恋愛だったのか、、そんなことを思いながら、その日も気を失った。

それから、あっという間に7年が経ち、私は相変わらず忙しい日々を送っていた。彼も変わらず私のそばで世話をやいてくれている。

出会った時より少し大人になった彼は、色気が増して、魔性のイケメンへと進化を遂げている。

超絶イケメン整体師、絶対高額な指名料を取られそうだ!どうしてこんなイケメンが、アラフォーのおばさんと一緒にいるんだ?

「だから、りかちゃんのことが大好きだからでしょ?」

「はあ、りょうちゃんのことが好き過ぎて困る」

「アハハハ!りかちゃん、心の声が漏れてるよ!」

私達はこれ以上ないくらい幸せだった。

ある日、私は手術のあとにぶっ倒れてしまった。

今までこんなことなかったのに、恐るべしアラフォー、倒れたのが手術中じゃなくて本当に良かった。病室で目覚めた私はそんなことを考えていた。

しばらくして、内科の医師がやってきて、深刻そうな顔をして私に告げた。

「前園先生、まだ詳しい検査が必要ですが、今回倒れた原因は、肝臓癌によって肝硬変が進んでいるせいだと思われます」

なんで?そう思ったけど、私は医者なので、自分にもう時間があまりないことを知っている。

彼のことを考えなくちゃ。別れる?別れないなら、病気のこと、ちゃんと話さなくちゃいけないよね?どっちだ?どうしたらいい?

「りかちゃん!倒れたって、どうしたの?大丈夫?」

まだなんの結論も出ないまま、彼が病院まで来てしまった。

「ごめん、駄目だ。りょうちゃんと別れるなんて、できないよ」

その後、ただ謝って泣くばかりの私に混乱しながらも、彼はずっとそばにいてくれた。

翌日、私が落ち着いたのを見計らって、彼が私に指輪を差し出した。

「昨日、りかちゃんが倒れたって聞いて、俺焦っちゃったんだ。だって俺とりかちゃんは他人だから、もしもの時に何もできないって気づいてさ。だから、別れるなんて悲しいこと言わないで?俺はずっとりかちゃんのそばにいたいんだ」

家に帰ってないはずの彼がどうしてこんな指輪を持ってるのか、考えると胸が苦しくなる。

もしもの時がすぐ目の前に迫っている。そうとわかっていて、結婚なんてしていいのかわからない。
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