【完結】「暁光の世から消えて死ね」 〜教会を追放された見世物小屋の聖女は、イカれた次期覇王の暫定婚約者になる。(※手のひら返しで執心されています)〜
なにやら急ぎの要件らしく、ダリアンは「すぐに行く」と扉の外に告げておもむろに席を立った。
「ということだ。私はしばらく戻らないが、シャノンは置いていく」
(置いていく!?)
突然の無慈悲にシャノンの体が凍りつく。
「と、当主様……」
「迎えに来るまで、うまく交流を深めておけ。いいな、ルロウ」
ダリアンは軽くシャノンの頭に手を乗せると、ルロウに目配せをして、すぐに食堂からいなくなってしまった。
残されたシャノンは、恐る恐るルロウへと視線を向ける。
「――それで、おれの婚約者とやら。どうしておまえは、ここにいる?」
黙々と食事をとっていたルロウが、そう言葉を投げかけた。
肌が粟立つ感覚に、手の力をぎゅっと込める。
シャノンがここにいる理由。
それはたったいまダリアンに置いていかれたからで、シャノンがルロウの婚約者だからだ。
けれど、ルロウが聞いているのは、そこじゃない。
(ルロウ様は、どうしてわたしが婚約者になったのか、それを聞いているんだわ)
シャノンがクア教国の聖女だったこと、そしてクロバナの毒素を浄化できる特別な人間であること。これらはいまのところ当主であるダリアンを除いて誰も知らない事実である。
(当主様は、まだルロウ様に伝えていない……?)
紹介したい子がいるという話はしていたようだが、ルロウがシャノンの素性を知っているかはわからない。
「なにを、黙っている? おれの言葉は、伝わっていないか? 生憎、西華語が身に染み付いているおかげで、こちらの言葉は不慣れなんだ」
「そんなことありません。伝わっています……」
独特なテンポをもってはいるが、不慣れというわりにルロウの言葉はとても流暢だ。
「では、答えられるだろう?」
形の良い唇に薄ら笑いを湛えるルロウは、まるでシャノンを試すような口ぶりで返答を待っていた。
なんの温度も感じられない紅の眼は、氷のように冷ややかだ。
考えを、思考を覗かれているような居心地の悪さに喉が渇いていく。
(答えないと)
怖気づいていても、ダリアンのようにルロウ相手に会話の主導権を握れるわけがない。
シャノンはどきどきと鼓動を鳴らしながら、慎重に答えた。