【完結】「暁光の世から消えて死ね」 〜教会を追放された見世物小屋の聖女は、イカれた次期覇王の暫定婚約者になる。(※手のひら返しで執心されています)〜
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腕を切られた男は、ルロウの部下たちによってどこかへ連れていかれた。
いままで与えられてきた平穏な生活は夢だと、そう錯覚するほどに生々しく、強烈な光景。
すべて、現実だった。これまでの信じられないような柔らかな日々も、たったいま見せられた惨たらしい出来事も。
(靴が……)
靴の裏に血の染み込む感覚がおぞましい。
手足は冷たくて、けれど靴の革越しに感じる生温かさに吐き気がした。
「――シャノン」
いやに耳に馴染んだ呼び声。
目の前にルロウが立っていることに気づいて息を呑む。
切られた腕は道端の石を蹴るように、中庭の端に飛ばされていた。
「あ、の……」
「うん、どうした?」
わかっているはずなのに。ルロウは敢えて尋ねてくる。
血の匂いが不快で、冷静に言葉を紡ぐことはできなかったが、心は波のない海のように徐々に沈静していく。
「ルロウ、いまのは……どうしてあの人の、腕を切って?」
「なにを、震えている。おれに歯向かうドブネズミと、少し遊んだだけだろう?」
「あの人は、どうなるんですか?」
「ここはヴァレンティーノ。ドブネズミが何匹死のうと、どうでもいい」
闇夜の一族ヴァレンティーノ。
当主は密かに『覇王』と呼ばれ、皇室も手出しができない家門。
ヴァレンティーノは、自分たちに歯向かう勢力を許さない。
帝国に仇なすものには容赦しない。
だから多大なる畏怖を抱かれ、恐れられている。
ヴァレンティーノ家の殺しは、世間で決して正当化はされないが、不当化されることもない。
それが、ヴァレンティーノ家。
(どう、言えば……どうしよう、口が乾いて、ルロウはわたしに、なにを言わせたいの?)
赤い瞳が射抜くようにこちらを窺っている。
期待と嘲笑に溢れた眼差しを前に、シャノンが考えていたのは、自分ではなく――ルロウが求める答えだった。
その時点ですでに、彼の興味は失われていたというのに。