【完結】「暁光の世から消えて死ね」 〜教会を追放された見世物小屋の聖女は、イカれた次期覇王の暫定婚約者になる。(※手のひら返しで執心されています)〜
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癒しの力を施したとき、シャノンは相手の記憶を見ることができた。
不浄を祓うことは精神に深く作用する力でもあり、ほかの聖女たちも片鱗を読み取ることはできていた。けれど、その中でもシャノンの共感覚の力は凄まじいものだった。
相手の人生のすべてを覗けるわけではない。それでも、深く胸に残る記憶ほど、シャノンには感じやすく鮮明な情景として浮かんだ。
『おい餓鬼。お前、帝国の人間なんだってな。よそ者が暮らしていけるほど、この暗黒街は甘くねぇんだよ』
『おい、坊主。あのお高くとまったヴァレンティーノの人間って言うじゃないか。オレはお前らの一族にひでえ目に遭わされたんだ』
『恨むなら、こんな場所にお前を捨てた親を恨むことだな!』
それはルロウの記憶だった。
最初に見えたのは、帝国から西華国に来たばかりの頃のもの。
大勢の大人たちが小さなルロウを囲んで暴力を振るっていた。傷の上からさらに傷をつけ、何度も何度も、蹴り殴りを繰り返す。
次第に古傷から蛆が沸き、それでも薬を買うお金がないルロウは、クロバナの根が蔓延る川に潜って腐敗を凌いだ。
なぜ自分が虐げられているのか、ルロウにはわからなかった。
周りの大人たちは『ヴァレンティーノの人間だから』という。しかしルロウは、ヴァレンティーノがなんなのかすらわからなかった。
暴力を受けるたびに、何度も死の狭間に沈んだ。けれど、死ぬことはできなかった。
そしてある時、ルロウは気がついた。
いくら殴られても、痛みが感じないことに。
それだけじゃない。
暑さも、寒さも、わからない。
人の温度がわからない、舌に触れた物の味がわからない。
いつの間にかルロウは、人としてあるべきものが欠けてしまっていた。
だが、不思議なことに感覚が冴える瞬間というのがまだあった。
それはルロウが自分で勝手に習得した毒素の吸収を行ったときである。
毒素を吸収し、体内に留めたとき。ルロウの感覚は壊れる以前のように冴え渡っていた。
毒素の濃度が濃ければ濃いほど、吸収時の衝撃によって、ルロウは人らしい感覚を取り戻すことができていたのだ。
だが、反動は常にあった。
闇使いが毒素を吸収する際、人によって様々な症状が出る。
ルロウの場合、際立って出たのは暴力性と支配力だった。
暴力性は好き勝手暴れることで解消し、支配力は女を組み敷くことで治まった。
治まると、また、人の感覚が遠のいていく。
気が遠くなり生と死の区別がつかなくなる前に、再び毒素を吸収する。そのたびに暴力性と支配力が顔を出す、治める。その繰り返しだった。
そうして体はイカれたまま、十五歳になったルロウは、ヴァレンティーノの当主だと名乗る男に出会った。
『ようやく見つけた。帰ろう、お前の居るべき場所に』
身なりの良い男はダリアンといった。
ルロウは思った。これが噂の、ヴァレンティーノの人間か、と。
ダリアンはルロウがなぜ西華国に連れられていたのかという理由を説明した。
よくある覇権争い。それに巻き込まれたルロウの父親は死に、妻と子だけでも一時的に外に逃がそうと、父親は二人を西華国へ送った。
だが、母親は西華国に着いてすぐに暗黒街の男どもの餌食となり、何も分からないままの幼いルロウだけが残った。
ああ、なんて不幸で滑稽な、どうでもいい生い立ちだろう。
自分の過去を聞いて感傷に浸る心など、ルロウは持ち合わせていなかった。