白い嘘と黒い真実
「……くそっ」

腹が立つ。
いつもそうだ。
勧善懲悪なんて現実世界そうそう起こりはしない。そんなの、今に始まった話ではないのに。

今回は身近な人間が関わっているから、余計に自分の無力さが腹立たしい。  

しかも、椎名さんは明らかに何かを隠してる。
彼女もあの男が怪しいと感じているなら思い当たる節があるのだろうけど、話そうとしない。

おそらく友人の彼氏だがら躊躇っているのかもしれない。これもよくある話だけど、自分の身に危険が及び始めようとしているのだから、悠長な事なんてしてる場合ではないのに。
かと言って、俺も下手な情報を吹き込むわけにもいかないしな……。


“信じてくれて、ありがとうございます”


思考を巡らしている最中、フラッシュバックした昨日の彼女の言葉。
その途端、思わず乾いた笑いが漏れ出す。

違う。
人に100%なんか求めていない。
今だって全てを信用しきれていないのに、俺は彼女から笑顔でそんな台詞を言われる資格はない。
だから、あの人は、本当にどこまでも純粋でただのバカだ。

出会った当初から変わらない彼女の印象。
父親と同じ、人を警戒しない無垢な笑顔を向けられるのが始めは嫌だった。
だから、そういう人間は無意識に避けてきたのに、気付けば大分心を許している自分がいる。

それは彼女の人柄からなのか、それとも昔馴染みだからか。

最近は彼女を見てもあの頃の嫌な記憶が思い出さなくなってきたので、余計に警戒心が緩んできたのかもしれない。

それが良いのか悪いのか。段々と自分の気持ちがよく分からなくなってくる。

とりあえず時間も遅いし、そろそろシャワーを浴びて就寝しようと俺はソファーから立ち上がった時だった。 

突如部屋中に響いたインターホンの音。
その瞬間思わず時計を確認してしまった。

時刻は既に十時を過ぎていて、こんな時間に客人なんて有り得ない。
職場の人間なら来る前に必ず連絡が入るし、そうでないのだとしたら、まさか……。

思い当たる人物は一人しかいない。
椎名さんから聞かされて、あれからずっと気にはなっていたけど。

ついに、動き出したか?

徐々に早くなっていく鼓動に、俺は無意識に拳を握りしめる。
そして、徐にソファーから立ち上がりインターホンの応答ボタンを押すと、モニターにはスーツ姿の若い女が立っていた。

「はい。何でしょう?」

「夜分にすみません。桐生と申します。お隣の方からお話は聞いたかと思いますが、少しお話してもよろしいですか?」

その姿を見ただけで確信付いたけど、とりあえず素知らぬ態度で尋ねてみると、やはり予想通りの答えが返ってきて、俺は小さく息を吐く。

そして、要望通り玄関の鍵を開けて扉を開くと、女のスーツの襟に鷲の刻印が彫られた金色の紋章が目に止まり、それだけで全てを悟った。

「立ち話もなんですから、どうぞ中へ」

普段は見ず知らずの人間を家に入れるなんて絶対にしない。
けど、今回はそういうわけにもいかない。
この女が訪ねてくる意味は、きっと俺らにとって最も重要で、最も警戒しなくてはいけないから逃すわけにはいかない。

こんな、たかが一巡査部長に何故白羽の矢が立ったのか全く分からないけど、神谷組の人間は基本堅気には手を出さないから、身の危険の心配はいらないはず。

…………でも、“桐生”の人間は別格だ。
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