白い嘘と黒い真実


それから業務開始早々、以前から追っていたチケット詐欺被疑者宅のガサ入れ(家宅捜査)の為、俺達は都心から外れた閑静な住宅街の一角にある古びたアパートの一室で、黙々と証拠品の押収作業を行った。

「あー、ちょっと刑事さん。そこ下着入っているんであまり開けて欲しくないんですけどー。そこのイケメンさんなら幾らでも見てって良いからー」

捜索差押許可状に基づき着衣や鞄、通帳などを押収していく中、居間であぐらをかいている若い女の被疑者が携帯をいじりながらやけに色目でこちらを見てくるので、いい加減その視線がうざったくなり、俺は痺れを切らしてその場から立ち上がる。

「すみませんが、その携帯も証拠品なのでこちらに渡して下さい」

そして、蔑むような目で被疑者を見下ろして、手を差し出した。

「えー、今彼氏と連絡取ってるのに酷くない?てか、本当に警察入るとプライバシーも何もないんだねー」

俺らが来るようにしたのは、全部お前のせいだ。

……と、もうかれこれ何百回も同じ台詞を心の中で吐きながら、俺は表情を変えずに不平不満を漏らし続ける女から携帯を押収した。

「ねえ、可笑しくない?そもそもチケット転売なんて公式からも禁止されているのに、当たり前に皆買ってるじゃん。鼻から間違った事やっている奴にお金巻き上げて何が悪いの?個人間のやり取りなんだから、慎重に行動しない奴らがアホなだけじゃん」

それから、未だに小言を言い続ける被疑者の話を聞き流して、俺は無言で作業を続ける。

ただ、この女の言うことは否定しない。
寧ろ、俺も同意見だ。
一方で公式側がもう少し柔軟な対応をすれば、こんな詐欺被害は減るという話もよく分かるけど、結局は騙される方にも問題があると俺は思う。

こんな事を口にすれば一発で苦情事案に繋がるから表には出せないけど、毎回詐欺被害者の話を聞いている時にイライラするのは昔から変わらない。

それでも、何とか感情を抑えて聴取してきたけど、椎名さんの時だけは上手く抑えきれなかった。

親父と同じ純粋で真っ直ぐな目が、人を信じきったが故に絶望へと堕ちていく。
その姿が心底腹立たしく、同情なんて何一つ湧かなかった。

こんな事を思うなんて警察官として失格なのはよく分かっている。
そもそも、鼻から俺にそんな素質はない。

確かに、詐欺被疑者を取り締まりたいという志は今でも変わらないけど、それは被害者の為なんかじゃない。全ては俺のような被害者家族の為だ。

正直、騙されたやつのことなんてどうでもいい。
勝手に引っかかって、自爆して、結局周りに迷惑をかける人間なんか知ったこっちゃない。

けど、それによって、借金を背負ったり、家を追い出されたり、親父のように自殺したり。家族は何も関わっていないのに、同じように絶望の淵へと道連れにされてしまうのだけは守りたかった。
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