白い嘘と黒い真実
「あなたが椎名さんの彼氏ですか?」

すると、まるで阻むように高坂は俺と椎名さんの間に立ちはだかり、口元は緩ませたままこちらの目を見据えてくる。

「はい、そうです。彼女が色々お世話になっています」

とりあえず、ここは話を合わせる為、迷わず即答してから椎名さんの方を一瞥すると、何やら気恥ずかしそうに俯いている一方。その隣にいる黒川さんはかなり驚いた様子で俺と彼女を交互に見ていた。

もしかして、椎名さんは俺たちの事を身近な人間にも内密しているのだろうか?
その方がかなり好都合ではあるけど、そのような手段を取るということは、彼女なりにも何かしらの考えがあってのことか。

もし、そうだとしたら、以前に比べて危機管理意識が高まってくれたことは非常に良かったと思うけど……。

つまり、それは……。

「恋人同士の割には随分と他人行儀なんですね。付き合ってまだ間もないんですか?」

再びこの男に視線を戻した途端、挑発しているのか。少し棘のある口振りでこちらに一歩詰め寄ってきた彼の行いに、俺は若干の苛立ちを感じた。

「そうですね。なので、話し方や呼び方はそのうち変えていくつもりですよ」

兎に角怪しまれないよう、表情管理を徹しながら自然に話を合わせ続けるも、椎名さんは相変わらず一言も喋ることなく俯いた状態を維持してるので、やはり何処か不自然さが否めない。

本当に彼女の真っ直ぐな性格は長所であると思うけど、世渡りは下手なんだろうなと。つくづくそう思いながら、心の中で深い溜息をはく。

そもそも、黒川さんの前だというのに、俺に対して明からさまに食ってかかるような態度を取るこの男の思考がよく分からない。

それだけ椎名さんに本気ということなのか。
それとも、何か別の目的があるのか。
おそらく例の会合に行けば確信的な情報を得る事が出来るのかもしれないけど、今はまだこの男の正体は不明のままなので、どう対処していけばいいのか行動に迷う。

それに、この前の飲み会で黒川さんはこの男の浮気を懸念していた。その後どうなったかは知らないけど、まるで波風を立てるような行動は、勘のいい人間だと修羅場を作りかねない。

それを知ってから知らずか。
又は、これも何か意図してのことなのか。
終始笑顔を崩さない高坂の表情からは何一つ読み取ることが出来ず、俺は密かに拳を握りしめる。

「それじゃあ、椎名さんは俺らが家まで送るので」

すると、会話が途切れたところで、高坂は彼女の腕を軽く掴み、自然な流れで自分の元へ引き寄せようとするので、それを阻止する為、俺は咄嗟にその腕を掴み、高坂を思いっきり睨み付けた。

「それは結構です。あとちょっとであがれそうなので、彼女は俺が送ります」

黒川さんも居るので何かあるとは思えないけど、それでもこの男と一緒にさせてはいけないという警戒心が働き、少し強引に彼女を自分の元へと引き戻す。

「椎名さん、それでいいで……」

「はい!勿論ですっ!」

一応、彼女にも了承を得るため確認すると、何故か目を輝かせながら食い気味に力強く頷かれ、若干気後れしてしまう。

「じゃあ、私達はこれで。真子、また明日ね」

それから、先程から隣でずっと呆然と立ち尽くしていた黒川さんがようやく口を開き、高坂の腕を軽く引っ張ってから俺達に会釈をしてその場を去って行った。

「すみません、急にこんな展開になって。とりあえず、ロビーじゃ目立つんで隣のファミレスで待ってもらっても大丈夫ですか?」

当直時間帯は基本一般人の出入りは殆どなく、署員の連中に見られて変にいじられるのも嫌なので、出来れば人目につきたくない。

「全然構いませんよ。寧ろ、ありがとうございます。私は適当に時間を潰しているので、ゆっくり来てください」

そんな俺の勝手な要求を椎名さんは嫌な顔一つせず、笑顔で頷いてくれたので、俺達も一旦ここで別れ、後で落ち合うこととなった。
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