白い嘘と黒い真実



__数十分後。




「椎名さん、お待たせしました」


残務処理がようやく終わり、急足でファミレスに入ると、窓際の席に座っている彼女を見つけテーブル脇へと近寄る。

「お仕事お疲れ様です。あの……良ければここで夕飯にしませんか?今日も買い物が出来なかったので食材がもうなくて……」

そう笑顔で持ち掛けられた彼女の提案を断る理由もないので、俺は無言で頷くとそのまま向かいの席へと座った。

「勉強してたんですか?」

とりあえずメニュー表を手に取ってみるも、テーブルに広げられている教材の方が気になり、何気なく尋ねると、彼女は嬉しそうな表情で首を縦に振る。

「はい。澤村さんから取り調べを受けたのがきっかけで始めました。自分を見つめ直すいい機会かなって」

「……そうですか。それは良い心掛けですね」

まさか、あの時蔑みながら言った言葉がこんな形で彼女に影響を及ぼしていたなんて思いもよらなかった。

これまで数えきれない程の人間を取り調べてきたけど、気持ちはどうあれ、言ったことがどう響くのかは結局全て相手の捉え方次第だということをつくづく実感し、思わず乾いた笑みが溢れる。

ひとまず教材を片したテーブルにメニュー表を広げ、自分はヒレカツ定食を。椎名さんはパスタセットを頼み終えてから俺達の間に暫しの沈黙が流れた。

「……あの、改めて今日はありがとうございます。でも、またご迷惑をお掛けして申し訳ないです。……本当にいつまでこんな事が続くのやら……」

そして、先に口を開いた彼女の嘆きの言葉が胸に刺さり、俺は小さく肩を落とす。

「すみません。俺もあの時もう少し深追いしていれば、もしかしたら身元が分かったかもしれないのに」

結局は当てが外れてしまい、男を取り逃してしまった事に激しく後悔するも、今更どうしようも出来ない状況にやりきれなさを感じ頭を下げる。

「いえ、澤村さんが謝ることじゃないです!それに、もしまたあの男が姿を現したら高坂部長が今度こそ捕まえるって言ってくれたので大丈夫だと思います」

それを慌てて止めてきた彼女の最後の一言が癪に触り、思わず眉間に皺を寄せてしまった俺は不服な目で椎名さんを見返した。

「そういえば、今日もその人と一緒でしたけど、あれからまた言い寄られたりしたんですか?」

まるで嫉妬心をむき出しにしているような言い方になってしまったけど、周りくどいのは苦手なので、俺は単刀直入に質問をぶつけてみる。

「え?あ……。いえ、今日は外出してたみたいで警察署に行くまで彼に会うことはありませんでした。紗耶も居ましたし。……なので、あれから彼と二人になることはしていません……」

やはりこの話題になると気不味さが残るようで、彼女はバツが悪そうに視線を下へと向ける。

自分がそうさせてしまったのだから仕方ないのは分かっているけど、何だかこの探り合いの空気も段々とうんざりしてきたので、この際だからはっきり言ってしまおうと俺は心に決めた。

「椎名さん、あの高坂って男には気をつけて下さい。あの桐生という女性が絡んできたことや、以前飲み会であなたが話していたことがずっと引っ掛かっているんです」

これまで確信が持てなかったら口には出来なかったけど、あの女が情報提供をしてきた事で状況は変わり、これ以上隠す意味がない。

むしろ、このまま黙ってもいい方向に進む気がしないので、全て打ち明けることは出来ないけど、話せるところまでは話していこうと。
俺はテーブルに肘を付き、少しだけ体を前のめりにさせた。
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