白い嘘と黒い真実
「あ、あの!やっぱり桐生さんという女性は神谷組の人なんですか?」

すると、突如血相を変えて威勢よく訊かれた彼女の問いかけに、俺は一瞬面を食う。

まさか彼女の口から“神谷組”という言葉が出てくるなんて予想だにもしていなかった。
別に隠されているわけではないけど、世間的に認知度は低く、椎名さんみたいな人がその存在を知ることはまずないと思っていたから。

けど、思い返せばあの女は“神谷のもの”と名乗っていたので、調べればその情報に辿り着くことは可能だ。

「……そうです。どこまで知っているかは分かりませんが、神谷組は裏社会を統制する組織であり、いわば暴力的犯罪組織を制裁する役目を担っています。なので、彼女があなたに絡んできたということは、少なくとも椎名さんは何かしらその組織に触れている可能性があります。だから、何故そうなったのか心当たりがあれが俺に教えて下さい」

まるで鬼気迫るような雰囲気に、益々不信感が募り始め、こうなれば何としてでもあの女との接点を聞き出そうと俺は彼女の目をじっと捉える。

「あ……。えっと……」

やはり、なかなか口を開こうとしないのは言いたくないのか。それとも本人もよく分かっていないのか。

こういうパターンは嫌って程経験してきたので、俺はこれ以上責める事は止めて一旦身を引く。

「本当に身に覚えがないなら仕方ないですが、もし椎名さんの中で何かしら言えない理由があるのなら、それはそれで結構です。……ただ、このまま黙っていても良い結果に繋がらないのは確かですよ?」

そして、お決まりの台詞をはいてから、俺は俯く彼女の姿をひたすら眺めた。

いくら椎名さんの為とはいえ、これでは普段の取り調べと何も変わらない。
もう少し柔らかい態度で聞けば彼女も話しやすいのかもしれないけど、そこまで器用に出来ない自分の未熟さには相変わらず嫌気がさす。

すると、再び沈黙状態が続く中、俯いていた椎名さんはようやくこちらの方へ視線を向けて、まるで何かを決心したように小さく深呼吸をした。

「桐生さんと最初に会ったのは、以前休みの日に高坂部長が強面の取引先の人と会っていたのを見掛けた時です。その時彼女が私の前でハンカチを落として、それを拾いました……」

それからポツリポツリと打ち明けていく椎名さんの表情は次第に暗くなっていき、絶望の色が見え始めていく。

この光景も何度目にしたことか。

己の罪を認めざるを得なくなった時、全てを失った時、無慈悲に奪われた時、怒りの矛先を見失った時、信じていた人間に裏切られた時、庇いたい人間を庇いきれなくなった時、みんな同じ目をする。
虚で靄がかかったような瞳で、俺を通り越し、その先の暗い未来をじっと見据えているような。


「断定は出来ませんが、おそらくその人物は暴力団組織に関わっている可能性は十分考えられます。それと、この前椎名さんが飲み会で話してくれた医療関係の運送の話ですが詳細を覚えていますか?」

この時点でほぼ間違いなく高坂は黒だと確信付いたけど、更なる確証を得るため、項垂れる彼女に追い討ちをかけてしまうのは忍びないが、ここは構わず深く追求する事にした。
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