白い嘘と黒い真実
それから、運ばれた食事を黙々と食べ終えて、俺達は気まずい空気のまま店を後にする。
あれ以降向こうから話し掛けられることもなく、俺も会話をしようという気が起きず、家までの道中沈黙状態がずっと続いていた。
ただ、結局話は有耶無耶になっているので、このまま放っておくと嫌な予感しかしない。
だから、何とか考え方を改めてもらおうと、どう説得しようか考えていた時だ。
突然背後から車のクラクションが鳴りだし、俺は道路脇を歩く彼女の肩を抱き、咄嗟に自分の方へと引き寄せる。
その瞬間、爆音を鳴らし、狭い路地にも関わらず、明らかな法定速度違反のスピードで車は俺らのすぐ脇を通り過ぎて行った。
「……たく。どうしようもないな。椎名さん、大丈夫でしたか?」
歩行者無視の身勝手な運転のせいで危うく轢かれそうになり、走り去る車を軽く睨みつけてから、俺は彼女の方へと視線を戻す。
すると、なかなか俺から離れようとせず、何やらその場で微動だにしない彼女の様子が心配になり、顔色を伺おうとした時だった。
「……たいんです……」
突如耳に入ってきた椎名さんの消え入りそうな声。
しかし、よく聞き取れず再度尋ねようとしたところ、今度は縋り付くように俺の服を軽く掴み、彼女は勢い良く顔を上げてきた。
「澤村さんの言う事も分かります。でも、彼の真意を。私を好きだって言ってくれた事も全部確かめたいんです。これが紗耶の為になるのか分からないですけど、もしまだ引き返せる可能性があるのなら、私はそれに賭けたいんです」
そして、迷いで揺れているその瞳の奥に秘められた強さが、俺に訴えかけてくる。
嫌いなのに、羨ましくもあって、懐かしくもあるそのまっすぐとした目が……。
「……何度も言いますが、何かあれば直ぐに俺を頼って下さい。それでも、安心出来る保証なんてありませんので」
彼女の言うことを鵜呑みにするつもりはないけど、これ以上何を言っても無駄だと悟り、俺は諦めたように深い溜息をはく。
それから、少し突き放すような言い方になってしまったのは、せめてもの抵抗を見せたかったから。
「分かってます。でも、私は信じてますよ。他力本願で自分勝手なのはよく分かっていますけど、きっとまた澤村さんは私を助けてくれるって。だから、守ってくれますか?」
けど、そんな俺の忠告には構わず、完全に信頼しきったような柔らかい笑顔を見せてくる彼女をこんな風にさせてしまったのは、全部俺のせいだからか。
……まったく。死を恐れて必死で救い出した幼い頃の行動が、巡りに巡ってまさかこんな形で悩まされることになるなんて。本当に皮肉もいいとこだと心底そう思う。
「最大限の努力はします」
とりあえず、ここまで来たなら責任は取るしかないと。
これで納得するかは分からないけど、守るなんて軽はずみな言葉は言えないから、せめてもの誠意を示して俺は首を縦に振った。
けど、それだけで十分だと言わんばかりに彼女の表情は更に花が咲き、とても嬉しそうな屈託のない笑みが不覚にも心を揺さぶってくる。