白い嘘と黒い真実
「高坂部長、お茶を入れ直しました」
「部長、ここの部分なんですけど……」
「あの、お菓子作り過ぎちゃって、高坂部長もお一つ如何ですか?」
…………す、すごい。
たった数分の間にこれだけの女性社員から声を掛けられているなんて。
かなりモテると噂には聞いていたけど、まさかこれ程とは……。
営業部の入り口前に到着し、彼に書類を渡そうとするも、私の入る隙を与えさせないくらい次から次へと人が押し寄せてきて、かれこれ数分間はこの場所でずっと突っ立ったままだ。
これだけ普段から女性社員に言い寄られては、きっと紗耶も気が気じゃないんだろうなと。
モテる彼氏を持つと苦労が絶えないことを改めて実感した私は、何だか気の毒に思えてくる。
もしかして、澤村さんもこんな風に日々女性職員からアピールを受けているのだろうか。
てか、警察官だから職員だけじゃなくて一般市民や、或いは事件関係者の人とかだって……。
……。
…………いや。無駄な心配はやめようっ!
そもそも、私は澤村さんの彼女でもないし、不安に思う資格なんて何もない。
これ以上余計なことを考えていると、ただ自分の首を締めるだけな気がして、私は雑念を振り払う為思いっきり首を横に振る。
すると、丁度高坂部長の周りに人がいなくなり、私は生唾を飲み込んでから、いざ出陣と。まるで、戦国武将になったような心持ちで営業部へと足を踏み入れた。
「高坂部長失礼します。あの……うちの課長から書類を預かりまして、お届けに参りました」
そして、恐る恐る声を掛けてみると、パソコンの画面と睨めっこしていた高坂部長は視線だけをこちらに向けると、いつもの心溶かすような柔らかい笑みを見せてきて、不覚にも私の心臓は素直に反応してしまう。
「わざわざありがとう」
それから、ゆったりとした口調で一言お礼を告げると、書類を受け取ってから直ぐに目を通し始めたので、私は黙礼をして踵を返した。
とりあえず、何事もなく書類を無事届け終えたことに安堵するのと同時に、相変わらず自分は高坂部長の笑顔に弱いことを自覚しながら、その場を離れようとした時だった。
「椎名さん、ちょっと」
突然背後から彼に呼び止められ、振り向くと何やら無言で手招きをしてくる。
もしかして、何か伝え忘れた事があるのかと思い、私は二つ返事をして直ぐに高坂部長の元へと足早に戻った。
すると、今度は何も言わずに穏やかな表情で二つ折りにされたメモ用紙を差し出されたので、条件反射でそれを受け取ると、高坂部長はやんわりと口元を緩ませてから再び視線を書類へと戻す。
……え?
なんだろう?
まさかの何の説明も無しにメモ用紙を渡された私は一瞬呆気に取られるも、高坂部長はそのまま書類を眺め続けていたので、一先ずここは下がろうと。
訳が分からないまま、一言声を掛けてから私は営業部を後にした。