白い嘘と黒い真実
無言で渡してくるなんて、一体何が書いてあるのか。 

居ても立っても居られない私は、営業部を出てから直ぐにメモ用紙を広げてみると、そこに記載されている文面を見て思わずその場で立ち止まる。

“少し話をしたいから、仕事が終わったら近くのカフェで待っていて欲しい”

まさかの高坂部長からのお誘いに、先程まで安心しきっていた心境から一変。
行くか行かざるべきか究極の選択に迫られた私は、メモ用紙を持つ手が小刻みに震えだし、早くも冷や汗が一気に流れ始めた。


どどどどうしよう。
これはまずいでしょ。
紗耶に対する、完全なる裏切り行為じゃん。
高坂部長に今から断りに行こうか……。

いやいや、仕事中にそんな私的なことを社員の目前で言えるわけがない。
先約があるって言ってショートメールでも送ろうか?

けど、話ってなんだろう。
本格的に付き合いたいみたいな?
だとしたら、それは私も面と向かってきちんと話をした方がいい気がする。

澤村さんと付き合って…………いるわけじゃないけど、ここは彼に対する想いをはっきりと伝えれば、高坂部長もきっと納得してくれるはず。

それに、もしかしたら高坂部長の秘めている事をそれとなく聞き出すことが出来るかもしれない。

色々と思い悩んだ結果、行くことを決断した私は拳を小さく握り締めてから一人頷くと、足早に自分のデスクへと戻った。


「おかえり真子。遅かったね」

席に着くや否や、パソコンのキーボードを叩きながら何気なく尋ねられた紗耶の一言に、びくりと肩が小さく震える。

「う、うん。高坂部長なかなか空かなくて時間かかっちゃった」

兎に角、変に勘付かれないよう平静を心掛けてはいるけど、隠し事が苦手な為、声が変に裏返ってしまう。

「そうだよねー。あの人いつも女性社員に囲まれてるから」

けど、特段紗耶は気にかける事はなく、小さく溜息を吐いてから視線をモニターへと戻し、再びキーボードを打ち始めたので、私は密かに胸を撫で下ろした。

……なんだろう、この背徳感。
浮気をしているわけではないのに、罪悪感で押しつぶされそうになる。

まさか紗耶に対してこんな感情を抱く日が来るなんて、思いもよらなかった。
この蟠りを早く取り除かなきゃ、このままずっと後ろめたい気持ちが続いてしまうのだけは何としてでも避けたい。

その為にはやっぱり今日高坂部長と会って、しっかり話をつけねばと。私は改めて決心すると、早く仕事を終わらせる為に、午後の業務に集中したのだった。
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