白い嘘と黒い真実
「あはは。こんな簡単に尾行されるようじゃ、蘭もまだまだだねえー」
そんな張り詰めた空気が流れる中、突如隣に座っていた若い男性の軽快な笑い声によりそれは破られた。
その後、椅子から立ち上ると、男性は徐にこちらの方へと近付き、少しだけ前屈みになって私と目線を合わせてくる。
「もしかして、君が椎名真子さんかな?」
「え!?あ……は、はい!」
そして、まだ名乗ってもいないのに蕩けるような甘い笑顔で名前を言い当てられてしまい、その魅惑的な表情に取り込まれた私は思わず力一杯首を縦に振ってしまった。
兎に角この男性がイケメン過ぎる。
歳は私と同じくらいか、もしくはそれより下か。ヨーロッパと日本人のハーフのようなきめ細かい色白な肌と堀の深さで鼻も高い。それに、透き通った大きなブルーの瞳があまりにも綺麗で、じっと見ていると引き込まれそうになる。
身長も180センチ以上はあるのか。足も私の胸の位置ぐらいまでありそうな程長く、細身だけど引き締まった体つきで、桐生さんに負けないくらいのスーパーモデル級なスタイルに息を呑んでしまう。
それから、首元まで襟足が伸びたブロンドの髪と、少し垂れ下がった目尻と目の下にある泣きぼくろが特徴的で、優しそうな面持ちではあるも、どこか色気を感じさせ、見ているだけでも心拍数がどんどんと上昇し始めていく。
高坂部長も澤村さんもイケメンだけど、この人はまた次元が違っていて、まるで絵本から飛び出してきた王子様のような。あるいは英国紳士のような。身に纏っているシルバースーツが良く似合っているせいか、異国溢れる雰囲気が更に彼の魅力を増幅させている。
「こんな所まで来るなんて、君なかなか良い度胸しているね。それじゃあ、用が済んだから僕はこれで失礼するよ」
暫く見惚れていると、若い男性はやんわりと微笑んで颯爽とこの場を去って行ってしまい、取り残された私達の間に再び長い沈黙が流れる。
「あ、あの。すみません!私、桐生さんとどうしてもお話がしたくて、ずっと後を付けてしまいましたっ!」
兎に角、先ずは尾行してしまった事に謝罪をしようと。
私は勢いよく彼女の前で頭を下げると、暫くして桐生さんの乾いた笑い声が聞こえ、私は恐る恐る視線を彼女の方へと戻した。
「いいんです。お陰で自分の爪の甘さがよく分かりましたから。とりあえず、こんな場所で良ければ座ってください」
そして、先ほどの険しい表情から一変して穏やかな顔付きへと戻ると、桐生さんはカウンターの椅子に座り直し、先程まで男性が座っていた席を私に促してきた。
ここは元々バーだったのか。改めて中を見渡すと、丸いテーブル席がいくつも置いてあり、カウンターの中には寂れた簡易的なキッチンと天井まで続く空の棚が壁一面に張り巡らされていた。
「それで、話とは?」
それから、桐生さんの隣の席に座ると直ぐに本題に触れられ、始めに何を話せばいいのかまだ頭の整理が付いていない私は、少しの間考えた後、彼女の方へと向き直す。