白い嘘と黒い真実
「……あれから色々考えてみたけど、頃合いを見て紗耶とは別れることにするよ。彼女には申し訳ないけど、この前の話も含めて紗耶は俺といない方が幸せになれるだろうから」
暫しの間長い沈黙が続いた後、重々しく語る彼の言葉が突き刺さり、私は何て返答すればいいのか分からず言葉を探す。
「椎名さんもこの話を彼氏にして構わないよ。全ては覚悟の上だし、どんな事態になっても受け入れるつもりだから」
けど、そんな沈黙状態の私には構わず、凛とした佇まいで見せてきた自傷気味な彼の笑顔が余計に切なくて。
澤村さんに伝えなければいけないのは分かっているけど、それを躊躇う気持ちもあって。またもや答えに迷ってしまった私はつい視線を下へと向けてしまう。
「……正直、どうしようか迷っています。紗耶のことも大切ですけど、高坂部長のことも大切にしたいと思うので……」
どのみち、彼は既に高坂部長のことを黒だと見ているし、私が話したところで大して結果は変わらないかもしれない。
それならば、このまま何も言わなくても特に問題はない気がして。
それが正しいとは思わないけど、これ以上彼を追い詰めるのが心苦しくて、もう何もしたくない。
その時、突然高坂部長の大きな掌が私の頭にそっと触れた瞬間、不覚にも私の心臓が小さく跳ね上がる。
「こんな俺を受け入れてくれてありがとう。やっぱり椎名さんは優しいね」
そして、まるで大切なものを扱うように、優しく丁寧に触れてくる高坂部長の手つきに安心感を覚え、心が次第に落ち着いてきた。
やはり高坂部長みたいな穏やかな人が裏組織に染まるなんて絶対に有り得ない。
実際、彼は暴力団組織に自ら関わっているのではなく、関わらざるを得ない状況であった事を知り、何処か胸のつっかかりが取れた気がした。
結果的に状況は最悪だけど、本意ではなく罪の意識がしっかりあるなら、もうそれでいい。
彼の人間性をもう一度確かめる事が出来れば、これ以上責めたりはしたくないから。
それに、高坂部長の親族が裏組織と関わっているのなら紗耶との結婚は白紙にした方がいいのは確かだし。
それが彼女にとって残酷な選択になろうとも、こうして紗耶の幸せをよく考えてくれてくれる彼ならきっと大丈夫。
そう確信しながらも、私はあまりにも不遇な彼の立場に思わず小さな溜息が漏れ出てしまう。
あんな素晴らしい人が親の過ちによって人生を滅茶苦茶にされるなんて。何とも腹立たしくてやりきれない気持ちでいっぱいになるけど、ただ見守る事しか出来ないのなら、せめて少しでも心の支えになれればいいなと。
これは単なる同情心かもしれないけど、高坂部長も紗耶と同じように幸せになって欲しいから……。
これが彼の言う“優しさ”なのかよく分からないけど、この気持ちが少しでも伝わればと。そう願いを込めて私は高坂部長に満面の笑みを向けたのだった。