白い嘘と黒い真実
◇◇◇




「ねえ紗耶。この前言ってたチーズ専門店、来週の頭に行ってみない?」

午前中の仕事が終わり、いつものように食堂で紗耶とお弁当を広げる中、私はタイミングを見計らいながら、この前行きそびれた飲み会をさりげなく提案してみる。

「いいね。私もその日は空いているから大丈夫。それじゃあコースどれにする?種類あるから色々迷ってて……」

すると、紗耶は目を輝かせながらこの話に直ぐ飛びついてくれて、早速ポケットからスマホを取り出し、お店のホームページを開いて私に見せてくれた。

「へえー、肉か海鮮で選べるんだ。でも、せっかくなら奮発して両方いっちゃう?」

「そうだね。結構人気店らしいし、真子とご飯食べるのも久しぶりだから、豪華にワインもつけよっか」

本当に二人だけで食事するのは引越し以来かもしれない。
そんな日にちは経っていない筈なのに、あれから色々あり過ぎて、何でもなかった日常が何やら遠い昔のように思えてくる。

今はこうして笑顔で接してくれているけど、高坂部長から話を切り出されたら紗耶がどうなってしまうのか。

未だ拭えない不安に駆られ続けるくらいなら、いっそのことこっちから踏み込んだ話をしてみようと。
果たして彼の出方を待たずに私がでしゃばった真似をしていいのか分からないけど、このまま放置するのも良くない気がして、ここは思い切って行動に出ることを決めた。
    

「ねえ、真子。そういえばあのストーカー男はもう現れなくなったの?」

そう密かに意気込んでいると、突然真剣な面持ちに切り替わって尋ねられた紗耶の質問に、私は一瞬目が点になった。

「……あ。うん、そうだね。姿が見えなくなってもう四日も経つし、そろそろ澤村さんの合鍵を返そうかと思って……」

本当は昨日連絡を入れるつもりだったけど、やっぱりまだ手放したくなくて。あと数日延長しようか考えていたけど、紗耶に言われてからはたと未練がましい自分に気付く。

このままだと何だかんだずっと返さなくなりそうな気がするので、いい加減に踏ん切りをつけねばと。私は深い溜息を一つ吐いた後、ポケットから徐に携帯を取り出した。

「今から彼に連絡する。時間経つとまた返したくなくなるだろうから」

そうやって自分にもいい聞かせて、私は澤村さんのトーク画面を開き、気が変わらないうちに端的に要件だけを素早く入力して送信ボタンを押す。

「ああ、送っちゃった。私の心の支えが……っ!」

返す踏ん切りをつけたのはいいけど、やはり多大な後悔が押し寄せてきて、私はトーク画面を開いた状態のまま未練ダダ漏れで机に突っ伏す。

「ねえ、澤村さんとは本当に進展は見込めないの?」

そんな私を横見に、黙々とお弁当を食べながら冷静に突っ込んでくる紗耶のクールっぷりに、私は弱々しい目で彼女を見上げる。

「分かんない。この前澤村さんに守って下さいって言ったらすんなり受け入れてくれたけど、多分それは単に警察官としての立場だからだと思うし……」

ここ最近平穏な日々を過ごしているので、私が澤村さんの部屋に逃げ込むことはなく、あの日以降彼と話す機会もないことに思わず特大のため息が漏れ出す。

「……へえー。いいなあ。状況はどうあれ、私もそんな台詞言ってみたい」

すると、何故か遠くを見ながらしみじみと語る紗耶の横顔に引っかかりを覚えた私は、勢いよく顔を上げた。
普段はこんな事言うタイプじゃないのに、まるで弱気な発言に胸の中のモヤモヤがどんどんと膨れ上がってくる。

「紗耶、私がいるよ。私が紗耶を守から!」

自分こそ、こんな小っ恥ずかしい台詞を堂々と吐けるタイプではないのに。

でも、今まさに心の底から思っていることで、この感情を紗耶に伝えたくて私は胸の内を躊躇いもなく吐き出した。
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