白い嘘と黒い真実
__そして迎えた引越し当日。
新居は今住んでいる所から車で十分ちょっと走った場所にあり、職場からの距離も今までとそこまで変わらず、むしろ少し近くなったのは有難かった。
家の広さも1LDKで都内のアパートにしては比較的広く、リノベーションしたばかりなので築年数の割には新築のように綺麗で内装もお洒落。
そんな穴場を早期に見つけてくれた紗耶の叔父さんにも謝意を述べた後、作業は着々と進められ、引越しはあっという間に終わった。
荷解きも、前の家からあまり物を持って来なかったので思いのほか短時間で片付いてしまい、あと残るはお隣さんの挨拶回りのみ。
私は一休みしてから、そろそろ隣の部屋に伺おうと、用意した菓子折りを持って家を出る。
部屋は三階建ての302号室なので、まずは右隣の303号室を訪ねると、私よりも若そうな今時のOL風な女性が出てきた。
雰囲気も柔らかく感じも良かったので、私は一安心して軽く挨拶をした後、次は左隣の301号室を訪ねる為にインターホンを押す。
けど、お留守なのか二回押しても応答がなく、私は諦めて次の部屋へと向かった。
それから、301号室以外の部屋には無事に挨拶を済ませ、大家さんにも菓子折りを渡したので、日が暮れた頃にもう一度尋ねてみようと私は一旦自宅へと帰る。
その後、家の整理をしていたらあっという間に時間が過ぎていき、時計を見たらもうすぐ夜の八時を回りそうだったので、私はもう一度お隣を訪ねようと慌てて家を出た。
本日二回目の訪問。
けど、日中と同じように何度インターホンを押しても応答なし。
今日は日曜だし、世間的にもこの時間は大概在宅しているものかと思ったけど、もしかしたら平日休みのお仕事をしているのだろうか……。
とりあえず、不在とあらば仕方ないので、挨拶が遅れるのは少し気が引けるけど、また日を改めて伺おうとした時だった。
「…………椎名さん?」
突然背後から聞き覚えのある声が聞こえ、驚いた私は即座に振り向くと、そこには同じように目を丸くしながら唖然と立ち尽くすスーツを着た澤村さんの姿があった。
「なんで家に?ていうか、自宅の住所までは教えていないはずですが……」
そして、次第に怪訝な顔付きへと変わると、まるでストーカー犯を見るような不審な目を向けてきて、私はとんだ誤解を解くために勢い良く首を横に振る。
「ち、違いますっ!本日302号室に引っ越してきたのでそのご挨拶に伺っただけですっ!」
このアパートの住人も表札がないので何処の誰なのかは全く分からなかったけど、まさか隣人があの澤村さんだったなんて、信じ難い事実に頭が軽く混乱する。
確かに素性の知らない人よりは、かなりの安心感はあるけど、何だかとても気不味い。
私的には澤村さんはイケメンだし、そんな人が隣人なんて寧ろラッキーとも思っているけど、何せ向こうは全く友好的ではない。
けど、それはあくまで勤務中の話であって、もしかしたらプライベートはもっと柔らかい人だったりして……。
そんな淡い期待を持ちながら、彼の反応を待っていると、何やら表情が歪み始め、深い溜息をつかれてしまう。
「事件関係者が隣にいるって、マジで洒落にならないな……」
それからポツリと低く呟いた彼の落胆の声が耳に届き、そこで私の期待は見事打ち破られてしまった。