白い嘘と黒い真実
「……ああ、もうやだ。帰りたい」
社レクも終盤に入り、配給待ちの人も始めに比べれば大分落ち着いてきたので、私は一息入れるために会場から離れた休憩所で一人項垂れる。
休憩スペースは会場の近くにもあったけど、兎に角人と煙から離れたくて、私は敢えて誰もいないこの場所を選び、先程自販機で買った冷たいオレンジジュースを一口飲んだ。
心身共にリフレッシュされるはずなのに、仕事をしている時よりも疲労を感じるなんて、本末転倒もいいところではないだろうか。
というか、数十人の参加者で調理班が四人しかいないとはどういうことか。
てか、他の人もやる事なくて喋る暇があるなら、少しは手伝ってくれてもいいような。
お陰でいいお肉は全部持っていかれたじゃんっ!
雄大な自然に囲まれる中、少しでも気を緩めればあれよあれよと湧き出る不平不満に、私は危うく持っていたジュース缶を握り潰しそうになった。
……だめだ。
これじゃあ殺意しか感じられない。
もう少し心を広く持たねば。
お肉のことは紗耶の取り置き分に期待しよう。
それから負の感情に飲み込まれてしまいそうになる手前、このままではいけないと我に返った私は、気持ちを入れ替える為に深呼吸を二、三回する。
そして、改めて鮮やかな深緑が広がる山々をぼんやりと眺めながら、この絶景を写真に収めようと携帯を取り出した。
折角だから澤村さんにも写真を送りたくて良いアングルを狙っていこうとは思うけど、カメラセンス皆無の私にはこの広すぎる山を上手く収めるには難易度が高い。
とりあえず、青い空と山が半分ずつ映るよう何枚か撮ってからトーク画面を開き、早速厳選した一枚の写真を送った。
今日のことは彼に伝えてあるので、一体どんな反応が返ってくるのか気になり過ぎて段々と心が騒めき出す。
あれから約束通り私は毎日澤村さんの部屋に行って食事を共にしている。
そんな中でお互いの身の上話をしたり、今日一日の出来事を話したりと。
始めは喋り下手な印象が強かったけど、話してみると澤村さんも結構話好きだということが分かり、更に彼との距離が縮まったような気がした。
まるでいつぞやの同棲生活を思い出すようで、その充実した日々を見に沁みて感じているところではあるけど……。
それで満足かと聞かれると、最近素直に頷けなくなってきている自分がいる。
こうしてほぼ毎日一緒に過ごせる時間が出来ただけでも十分だったはずなのに、時折彼の温もりに触れたいと思う時がある。
もし、彼が恋人になったら優しく抱き締めてくれるのだろうかとか。
どんな風にキスをしてくれるのかとか。
彼と夜を過ごす時は、一体どれ程の甘い時間を過ごせるのかとか…………。
「………いや!欲求不満にも程があるっ!」
油断していると、あらぬ方向へ妄想が膨らんでいく自分が恥ずかしくなり、私は誰もいない休憩所で一人大声を出しながら飲みかけの缶を思いっきり握り潰してしまった。
幸いにも握力はそんなにないので、中身が溢れ出る程までには至らなかったけど、缶の形が若干変形してしまったせいで少し飲み辛い。
我ながら馬鹿な行為をしてしまったと、冷静になってから一先ず頭を冷やす為、もう一度深い深呼吸をする。