白い嘘と黒い真実
「……あれ?椎名さんもここに居たんだ?」
その時、脇から声を掛けられ振り向くと、そこには私と同じように、げんなりした表情の高坂部長がビール缶とお肉を持ってこちらに向かってきた。
「もしかして、高坂部長も逃避してきたんですか?」
様子を見る限りだとほぼそれで間違いないような気がするけど、一応確認してみたところ、やはり図星だったようで、高坂部長は深い溜息と共に無言で首を縦に振る。
「朝からずっと身動き出来なくて。流石に疲れたから、誰もいない所でゆっくりしたくてさ。折角だから椎名さんも食べる?」
そう言うと、自然な流れで私の隣に座り、幾つか積まれたお肉を差し出された瞬間、香ばしい匂いに思わず生唾を飲み込む。
少し前までは嫌って程嗅いだ匂いだけど、一段落したところ眠っていた腹の虫が動き始めたので、このタイミングでのお肉は非常に有難かった。
「ありがとうございます。まだ全然食べれてないので嬉しいです」
なので、私は一言お礼を言うと、遠慮なく手を伸ばし、身が大きくて柔らかい牛肉を思う存分堪能した。
「それにしても、高坂部長はいつ見ても凄い人気ですね。今日なんてずっと女性社員に囲まれっぱなしじゃないですか」
以前書類を届けに行った時もそうだったけど、ここまでモテ過ぎると何だか気の毒に思え、私は同情の目を彼に向けた。
「あはは。好意を持ってくれるのは有難いんだけどね。……でも、俺は誰かに好かれるような人間じゃないから」
すると、思い詰めた表情で遠くを見ながらしみじみとそう答える彼の言葉が胸に突き刺さり、何て返答すればいいのか迷う。
「……そういえば、今日は紗耶と一緒じゃないんですね。会話してる所も見ていないし……もしかして、もう話をしたんですか?」
ここでこの話題を出していいものか一瞬躊躇ったけど、絶好の機会でもあるので、この際だからはっきりさせようと口を開く。
「あれ?彼女から聞いてない?椎名さんと書庫で話したその日に別れ話を切り出したんだけど」
「………え?そうなんですか?」
半信半疑だったけど、まさか本当に切り出していたとはあまり思っていなかったので、軽い衝撃を受けた私は一瞬動きが固まる。
これまでずっと何でも言い合えた仲だったのに、こんな大事なことを教えてくれなかった事実にショックを隠しきれない。
私を気遣ってくれたのかもしれないけど、それでも何かあれば真っ先に話してくれると思っていた。
けど、これまでと何も変わらない態度で隠し続けていたということは、まさかそれ以外に何か理由があったりするのだろうか……。