白い嘘と黒い真実
「はあっ、はあっ、さ、紗耶。待って、止まって!」
紗耶を追いかけて、かれこれ数分経過。
向こうは体力が段々と衰えてきたのか、スピードが徐々に緩み始める。
一方、私は幼い頃から山道をよくかけ回っていたので、こういう場所には慣れている為、少し走ったところで難なく紗耶に追いつくことが出来、動きを止める為に手首を掴んだ。
「混乱するのもよく分かるけど、このまま逃げても状況は変わらないから。だから、落ち着いて!」
こんな事を言っても興奮状態の彼女には何も響かないかもしれないし、逆効果かもしれない。
けど、このまま言う通り一人にさせてしまったら。しかも、こんな見知らぬ山道で整備もされていない場所を無謀に走るなんて自殺行為でしかない。
「離してよ!今は真子の顔も見たくないの!これまでずっと平静を保っていたけど、もう限界だから。真斗さんが居なくなったら私は……」
やはり思いっきり抵抗されてしまったけど、徐々にその勢いが萎み始めてきて、紗耶の目に溜まっていた涙がボロボロと滝のように溢れ始める。
「私にとって真斗さんが全てだったの。あんなに全力で人を好きになったこと今までなかったから。結婚だってするって言ってくれたのに……」
まるで、どんどんと絶望の淵に落ちていくような。
両手で顔を押さえながら、小さく体を振るわせる彼女の姿をこれ以上見ていられなくて、私は宥めるように紗耶の肩に手をかける。
「今の紗耶にどう言葉を掛けていいか分からないけど、兎に角何を言われようとも私は紗耶を一人にさせるつもりはないから。嫌って言われても側にいるから」
それが私に出来る唯一の償い。
もうこの際、悪者になってもいい。
少しでも気持ちが晴れるなら、どんな理不尽な怒りだって何だって受けるつもりだ。
だから、いくら拒絶されようとも紗耶が落ち着くまで私はこの手を離すつもりはない。
「…………いなければ」
すると、急に静かになったかと思いきや、突然消え入りそうな声でポツリと呟いた紗耶の言葉がよく聞き取れなくて、私はもう一度聞き返そうと顔を近付けた時だった。
「真子がいなければ、私は真斗さんとずっと一緒になれたのに」
紗耶と視線が合った途端、これまでにないくらいの冷たく、憎悪が込められた闇深い瞳が私を捉える。
そして、全ての迷いがそこに終結したように、確信めいた一言からただならぬ殺気を感じ、思わず背中がぞくりと震えた。