白い嘘と黒い真実
それから、業務の方は滞りなく進み、予定通り定時で上がることが出来た私は、早々に更衣室へと向かい着替えを済ませて職場を出る。
紗耶の家は最寄り駅から二つ隣の駅前にあり、松葉杖をつきながら帰宅時間帯の電車に乗るのは少し抵抗があるけど、そこは辛抱して、人混みを避けながら何とか電車に乗り込んだ。
そして、電車に揺れること五分ちょっと。
そこから改札を出て、歩いて十分もしないうちに新築三階建てのアパートが見えてきて、その三階角部屋が紗耶の自宅。
ようやく目的地へと到着し、外から部屋の状況を確認したところ、やはり中は真っ暗で人が居るような形跡はどこにも見当たらなかった。
念の為郵便受けを確認すると、“黒川”というプレートはまだ残っていたので解約はしていないらしい。
試しに部屋の前まで行き、インターホンを何度か押してみたけど予想通り一切の応答なし。
結局思っていた通りの結果となってしまったことに、私は思いっきり肩を落とすと、とりあえずここは一旦引き返すことにした。
やっぱり、紗耶は高坂部長の家に居るのだろうか。それとも、福島にある実家に帰ってしまったのか。
彼の家に居るのなら高坂部長から何かしらの連絡があってもいい気がするけど、特に何もないということは後者の可能性が高いのか。
頭の中で色々考えを巡らせながら私はアパートの階段を降りていき、駅へと引き返そうと踵を返した時だった。
「あっ」
ふと前方に目を向けた途端、見覚えのある人物が向かいから歩いてくるのが視界に映り、私は思わずその場で立ち止まってしまう。
同時に顔が一気に青ざめていき、松葉杖を握る手が小刻みに震え出す。
「おっ、マジでいた。てか、本当タイミング良過ぎだろ」
その人物は私の存在に気付くと、怪しげな笑みを浮かべてから隣に居た二人の男性達と顔を見合わせ、声高らかに笑い出した。
なんで、ここにあのストーカー男が!?
偶然にしてはあまりにも不自然で、まるで私がここへ来ることを予想していたかのような口振りに、私は意味が分からず体が恐怖で硬直してしまう。
「……な、なんであなたがここに?というか、あの時なんで私を付けてたんですか!?あなたのせいでどれだけ苦しんだと思ってるんですか!?」
それでも、どうにか声を絞り出し、あの時味わった怒りや悔しさを思い出しながら、ずっと抱え込んでいた蟠りを本人の前で思いっきりぶつけた。
どんな目的なのかは知らないけど、身勝手で、ただの犯罪でしかないストーカー行為。
そのせいでどれ程精神的に追い詰められ、しかも一生引ずるようなトラウマを残されたというのに、平然としているこの男がどうしても許せなくて涙が滲んでくる。
「人に頼まれたんだよ。今回もその人にあんたがここへ来るかもしれないって言われたから何度か監視してたけど、見事的中したから流石だよな」
けど、そんな私の苦痛な叫びなんてものともせず、金髪男はあっけらかんとした態度でいることが益々腹立たしくて、松葉杖を掴む手につい力がこもる。
しかも、裏で指示をしていた人物がいたなんて。
それに、私がここへ来る事を予想出来たということは、まるで私達の事情を全て把握しているような。
当時の真相を知っているのは澤村さんか、或いは私と紗耶のいざこざを何処かで見ていた人物しか考えられない。
……。
…………まさか。