白い嘘と黒い真実

「ふーん、ようやく君も学習するようになったんだ」

兎に角、この場から一刻も早く離れようと私は紗耶の腕を掴んだ途端、直ぐ間近で彼の低い声が響き、私は勢いよく振り返った。

「その様子だと全て知っているようだね。もしかして、あいつらが余計な事を喋ったのかな?まあ、別にどうでもいいんだけど」

いつの間に距離を詰められていたのか。頭上には彼の張り付いた笑顔があって、顔が一気に青ざめていく。

「ひ、酷いです!高坂部長はこれまでずっと私達を弄んでいたんですか!?」

そこから徐々に怒りと悔しさが込み上がって来て、私は我慢出来ずに思いっきり食ってかかる。

「つくづく“愛”っていうのは便利だよね。その言葉だけで相手の思考力を奪って翻弄させて、しまいには仲違いまで出来て、簡単に人を狂わせられる。ただ、君が生き残ったのは惜しかったなあ」

けど、彼には全く響いていないようで。あっけらかんとした様子で話す姿は普段と何も変わらないけど、もはや別人のように見えてきた私は恐怖で一歩後ずさった。

「ちょ、ちょっと待って。真斗さんも真子も何を言ってるの?全然意味分かんないだけど?」

すると、今ここで初めて知らされる事実に紗耶は当然ながら私達の話に付いていく事が出来ず、その場で一人狼狽える。

「紗耶、やるならもう少し高さのある所で突き落とさないとダメだろ。せっかく手間が省けたと思ったのに。……でも、お陰で《《都合の良い》》口実が出来たからまあいいんだけど」

そんな彼女を宥めるように高坂部長はやんわりと微笑んでから、紗耶の頭に手をそっと乗せる。

一方で、ようやく彼の本性を目の当たりにした紗耶の顔はみるみるうちに血の気が引いてきて。小刻みに震え出す彼女を彼から引き剥がす為、私は思いっきり紗耶の腕を引っ張った。

「もしかして、私を利用したの?真子を……殺す為に?それじゃあ、真子が言ってた話は全部本当だったってこと?」

真相を突きつけられた紗耶は未だ混乱しているのか。震えが止まらない自分の両肩を抱えながら、蹲るようにして背中を丸める。

「安心して始めはそんなつもりはなかったから。ただ綺麗な君と少しだけ遊べればいいかなって思ってただけ。でも、まさかここまで彼女が俺の事情に深く関わってくるとは思ってもいなかったから。君は俺に依存してたし丁度いいかなって。だから、ごめんね」

正体が明るみになったというのに、先程からずっと態度を変えずに平然としている彼に気味の悪さを感じながら、兎に角この状況を何とか打破しようと私はこっそり鞄に手を忍ばせてスマホを握る。

「あれ?もしかして彼氏に連絡しようとしてる?そもそも椎名さんって何なの?警察官と知り合いなのはまだ分かるけど、何で神谷組の人間なんかとも繋がっているわけ?普通じゃあり得ないでしょ」

しかし、私の不審な行動に即座に気付いた高坂部長に手を掴まれてしまい、私は痛みで思わず顔を顰めた。

「は、離してください!私は別に神谷組とは何も関係ありません!」

もしかしたら、あの男達から既に情報が入ったのだろうか。

だとしたら少し部が悪いけど、本当にあれ以上の関わりはないので、ここは何としてでも押し通すしかない。

「とりあえずさ、君のお陰で大分こっちも掻き乱されたんだよね。このまま放置してまた変に介入されても厄介だから、ちょっとこれから付いてきてもらえるかな?」

すると、口元は緩んだままなのに、私をじっと見下ろす眼鏡の奥の瞳はとても淀んでいて、そこから猟奇的な執着さを感じた。
 

殺される。


直感でそう分かる程に、彼の表情からは殺意が伝わってきて、体の芯から震えが止まらない。

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