白い嘘と黒い真実

最終話.性善説派

それから、抵抗する気力を無くした高坂部長は澤村さんに呆気なく逮捕され、後から駆け付けた警察官達によってその場に残っていた残党も取り押さえられ、私達は無事解放された。

紗耶は瀕死状態だったので数分後に到着した救急隊員により担架に運ばれ、私も念の為にと同乗を促され、そのまま大学病院へ向かうと直ぐに彼女の緊急手術が始まった。

数時間紗耶の無事を祈り続けた結果、手術は無事に成功し、何とか一命を取り留めた彼女は昏睡状態のまま病室へと運ばれたのだった。


そこからは一息つく間も無く、直ぐに警察の事情聴取が始まり、残念ながらその取調官は澤村さんではない別の刑事さんだったので私は密かに肩を落とす。

結局、あの後は紗耶の応急処置で緊迫していた為、彼と話す余裕なんて一切なく、殆ど会話が出来ないまま今に至る。

でも、こうして二度も命を救ってくれた澤村さんは、やはり何だかんだ言っても私にとって“信じること”を教えてくれた人で。

死に際にあれ程後悔したくせに、懲りもせずまたあの頃と同じ影響を受けてしまい、それ以降私自身大きな変化が起きることはなかった__。





そして月日は流れ、無事に退院した紗耶と休日ランチを楽しむ為に、私達は以前話題に挙がったラクレットチーズ専門店でコース料理を堪能しながら、お互いの近況を話し合う。


「……でね、来週の木曜日に経理事務所の採用試験受けることにしたんだ」

「そっか。資格も無事取れたし、真子ならきっと採用されるよ。私も早く再就職先見つけないとなー」


高坂部長が逮捕された後、捜査が進められた結果、どうやらうちの会社は複数の暴力団組織と取引していたことが発覚した。

その舵を取っていてた中心人物は勿論彼であり、それだけではなく、高坂部長は海外マフィアと繋がっている更に深い闇組織の幹部だということが判明し、その事実を知る者は社長含め誰一人として知る者はいなかった。

後に澤村さんから聞いた話によると、そんな彼が所属する闇組織の幹部級の人間がある日忽然と姿が消えたそうな。

おそらく、それは全て“あの人達”の仕業なのだと思うけど、その話が公に出ることは今後もないと彼は断言していた。

そんなこんなで今の会社が真っ黒に染まっていた真実を知ってしまった私達はこれ以上勤めるわけにはいかず、退職願を出してお互い就活真っ最中なのだ。


「紗耶なら経歴もいいし、しっかりしてるし、美人だし第一印象バッチリでしょ。寧ろ派遣経歴の長い私の方が不安でしかないし」

こうして背中を押してくれる紗耶の言葉はとてもありがたいけど、やはり学歴からしてみても彼女に劣る私はずっと気持ちが落ち着かず、無意識に大きな溜息が溢れ出る。

「真子の人柄なら大丈夫だよ。だって、こんな私の側に今でも居続けてくれるんだから……」

そう言うと、紗耶は”あの時”と同じように憂いを帯びた目を向けながら私の手をそっと握った。



紗耶の意識が戻ってから初めてお見舞いに行った日、彼女は私の顔を見た途端思いっきり泣き出した。

沢山の“ごめんね”と、“ありがとう”という言葉をずっと口にしながら。

確かに、崖から突き落とされたショックは今でも完全に拭い去ることは出来ないけど、それ以上に彼女は私を守ろうとしてくれた。
最後の最後で紗耶は命を賭けて私に“裏切り”ではなく“救い”を与えようとしてくれた。

それが、彼女の“真意”であると、私は今でも信じて疑わない。


だから……。


「もうその話は止めよう。紗耶には十分償って貰っていつもの関係に戻れたんだから、そんな顔しないで」

高坂部長の件が一段楽付いてから私達は一緒に警察へと向かった。

その後の手続きで、最終的には訴えることはせず、治療費を全て負担してくれることで示談成立となり、これで全ての蟠りは消え去った。

なので、紗耶がこれ以上気負いすることなく、以前のように堂々としてくれればそれでいい。

そう願いを込めて、私は紗耶の顔を挟むように彼女の両頬に手をあてて、無理やり視線を合わせた。
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