白い嘘と黒い真実
小さなベルの音と共に入り口の扉が開き、ふと目を向けると思わぬ来客に、私はその場から勢い良く立ち上がる。

「桐生さん!良かった、やっと会えました!」

そして、喜びに身を任せ駆け寄ると、驚いた目で見られているにも関わらず、彼女の手をぎゅっと握った。

「あの時、警察に通報してくれたのは桐生さんですよね?あれからずっと探してたんですけど、なかなか会えなくて。でも、これでようやくお礼が言えます。私達を助けてくれて、本当にありがとうございました」


……そう。

そもそもとして、澤村さんがあの場に駆け付けることが出来たのは、若い女性の通報によるものだった。

始めに通報を受けた警察は半信半疑で対応していたけど、その直後澤村さんの個人携帯に見知らぬ番号でショートメールが入り、そこから全てを悟った彼がいの一番に現場へと向かったんだとか。

そのお陰でこうして私達の命は繋がれたので、命の恩人である彼女にはずっとお礼が言いたくてうずうずしていた。

だから、この偶然の出会いに感謝しながら、私はこれまでの気持ちを全て込めて桐生さんに深々と頭を下げる。


「お気になさらず。……それより、あなたの想いが通じたようで良かったですね」

すると、桐生さんはクールに私の謝意を交わすと、紗耶の方を一瞥してからやんわりと微笑み、優しく語りかけてくれた言葉に思わず涙腺が緩みだす。

これまで彼女の残虐性を目の当たりにしてきたけど、あれは夢だったのではないかと思えるくらい今の彼女はとても人間味に溢れていて、暖かくて。

そんな二面性を持つ桐生さんの魅力に益々惹かれていく私は、満面の笑みで大きく頷いてみせた。



「どうした蘭。もしかして、また俺を連れ出しに来たのか?」

その時、背後からあの黒髪男性の低い声が響き、振り向くと何やら不服そうな顔付きでこちらの方をじっと見つめている。

「当然です。休憩時間はとっくに過ぎています。早くお戻り下さい」

見ると、桐生さんの表情はいつの間にやら真顔に戻り、呆れたように小さく息を吐く。

「はは、君達は相変わらずだね。凌君もバレたくないなら場所を変えればいいのに」

そんな二人を微笑ましく眺めながら横槍を入れてくるマスター。

もしかしたら、ここは彼らと縁のある場所なのか。というか、この黒髪男性も神谷組の人間である事実に驚いたのと、以前ビルで見かけた金髪の英国紳士風なイケメンといい、桐生さんといい、この組織は美男美女しかいないのかと。

内心ツッコミを入れながら隣で傍観していると、黒髪男性は諦めたように深い溜息を一つ吐いてその場から立ち上がった。

「どうやら杞憂だったみたいだな。……次は凌。お前の番だ」

同時に、横に座っていた赤茶髪の男性が突然小さく笑い出し、悪戯な目をしながら意味深な言葉を黒髪男性に投げつける。

「それ、どういう意味だよ」

それを不満気な表情で受け取る“凌”と呼ばれた黒髪男性。

ふと何気なく桐生さんの方に視線を戻すと、何やらほんのりと耳が赤くなっているように思え、そこで私はピンときた。


……ああ、そうか。

もしかして、桐生さんの想い人って……。


そう思うと、何だか私までほっこりとした気持ちになり、思わず自然と笑みが溢れ落ちてしまった。
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