白い嘘と黒い真実
「……そう言えば、今日はあのドラマの最終回でしたね」
すると、部屋の鍵を開けようとした手前。
何気なく呟いた澤村さんの一言によって手の動きがぴたりと止まる。
「せっかくなので、最後は一緒に観ますか?」
そして、まさかの彼からのお誘いを受け、これまで沈んていた心が一気に浮上していく。
「は、はい!喜んで!」
あまりの嬉しさについ過剰反応になってしまったような気がするけど、そんな事はどうでもいいと思えるくらい久しぶりの彼との時間に心を躍らせながら、私は部屋へと入る。
いつもなら、ここから夕食作りが始まる為、時間はあっという間に過ぎてしまうけど、今日はそれがないので、ドラマが始まるまでの空いた時間をどう過ごせば良いのか考え始めた途端、段々と気持ちが落ち着かなくなってくる。
「どうしたんですか?もしかして、緊張してます?」
「は、はい!?な、何を今更?そ、そんなことないですよ」
そんな私の心境を全て見透かされているような澤村さんの核心的な一言に、私は思いっきり否定するも動揺を隠すことが出来ず、挙動不審になりながら視線を明後日の方向へと向けた。
しかも、何処か楽しげな様子でこちらを眺めてくるのは一体何故なのか。
若干頭が混乱しだす中、益々心拍数が上がっていく鼓動を兎に角抑えようと、私は気を紛らわせる為必死に話題を探す。
その時、不意に彼の腕が伸びてきた瞬間、突然背後から抱きしめられ、危うく悲鳴を上げそうになるのをすんでのところで堪えた。
「さ、澤村さん!?どうしたんですか?」
彼に抱き締められたのはこれが初めてではないけど、何の前触れもなく手を出されたのは初めてなので、どう反応すれば良いのか分からず一人その場で狼狽える。
「すみません。本当は誘うつもりはなかったんですけど……あなたを見ていたら我慢出来なくて」
それから、更に心拍数を上げるような彼の衝撃的な発言に、今度は焼けるような熱が全身を走りだす。
「どうしても触れたかったんです。こうして、椎名さんが無事でいることを実感したかったから……」
頭の中で抱き締められている理由を必死で探っていると、ポツリと耳元で呟かれた彼の苦し紛れの一言によってその疑問は一気に晴れる。
そして、それを証明するように、私の肩を抱く彼の手が心なしか僅かに震えていた。
「あの時は無我夢中でした。また、大切な人を失うのが怖くて。でも、こうして自分の手であなたを救えたことで、改めて警察官になって良かったと。そう強く思えたのはあれが初めてです」
一言一言に重みを感じる彼の言葉。
それがとても嬉しくて、幸せで。
私に対する彼の想いがここでようやくはっきりと分かった気がして、愛しさで押しつぶされそうになる。
「私はずっと信じてましたよ。あの時も、これから先もずっと。私は澤村さんを信じ続けます」
だから、止めどなく溢れる愛情と感謝の気持ちをしっかりと伝える為に、私も一言一言に想いを込めて十八番の台詞を彼に捧げる。
「やっぱり、あなたは相変わらずというか……」
背後から抱きしめられているので表情は全く見えないけど、声色だけで呆れられていることはよく分かる。
「ただ、人から信頼されるのは案外心地いいものなんですね」
けど、その声はとても満足げなものへと変わり、じんわりと伝わってくる彼の喜びと共鳴して、私も満たされていく心に自然と口元が緩み出す。