白い嘘と黒い真実
そのうち、これが現実なのか夢なのかが分からなくなってきて、ついでに今自分がされていることも認識がないまま、私はぼんやりと彼の顔を見上げる。

あー……なんか凄くいい気分。
温かくて、いい匂いがして、なんだか心地良い。
それと、やっぱり澤村さんって格好いいなあー……。

いつの間にやら気持ち悪さは通り越し、段々と意識が朦朧としてきた上に、睡魔も襲ってきたため、次第に彼の腕の中で私は船を漕ぎ始めた。


「真子、鞄漁るからね」

そんな私を横目に、紗耶はうんざりした様子で手に持っていた私の鞄から家の鍵を取り出し、扉を開けてから澤村さんと一緒に部屋の中へと入る。

引越し早々男の人が部屋に上がり込むなんてこれまで一度もなかったけど、今回はただの介抱なのでそんな事を意識している人は誰一人おらず、澤村さんは全く気にする様子もなく、寝室へと向かう。

そして、抱えていた私の体をベッドに降ろそうとしたところ、私は久しぶりに感じた人肌から離れたくなくて、本能のまま彼の首元に突然抱きついた。

「嫌です。まだ離さないでください!」

まるで恋人に向かって言うような台詞を酔っているせいで何の躊躇いもなく大声で叫びながら、私は尚も澤村さんの首元にしがみ付く。

「ち、ちょっと真子!?何してるの!?」

「すみません、いいから離してくれませんか?」

途端に、紗耶の驚いた声と澤村さんの静かに拒否をする声が混じり合い、二人が何を言っているのか全く分からないので、私は構わず自分の欲望に従った。

「澤村さんは酷いです。いくらお父さんとタイプが似ているからってそんなに拒否しなくてもいいじゃないですか。確かに迷惑は沢山かけましたけど、私は昔助けて貰ったよしみでただ仲良くしたいだけなのに。私の存在がそんなにいけないですか?」

それから、秘密にしておかなければいけない事も含め、酔い任せ全てを本人の前で暴露するという失態を認識しないまま、私は澤村さんの目をじっと見つめる。

「…………はっ?」

当然ながら怪訝な表情で私を見下ろしてきた澤村さんは、目を点にして唖然とした表情で私を見返す。けど、そこから先は何も触れず、これまた慣れた手付きで首に絡みついた私の手をあっさり解くと、そのままベッドに寝かした。

「それじゃあ、俺はこれで失礼します」

「ありがとうございました。色々とご迷惑をお掛けして申し訳ございません」

そして、何事もなかったように澤村さんは私達に軽く一礼すると、後に続いて紗耶も深々と彼に頭を下げて後ろ姿を見送る。
その間、私はいつの間にやら限界を迎えていたのか。それからのことは何一つ記憶になく一人夢の中へと堕ちていったのだった。
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