白い嘘と黒い真実

「大丈夫ですか？ゆっくり呼吸したら楽になりますよ」

すると、突然前方から女性の声が聞こえ、はたと我に返った私は、今自分がとても不審な行動をしていることにようやく気付き、慌ててその場から立ち上がる。

「す、すみません！大丈夫です！私はなんとも……」

それから、心配してくれた通行人の方に謝罪をしようと視線を向けた瞬間、見覚えのある人物に目が点になる。

「そうですか。てっきり過呼吸なのかと思いましたけど、何ともないなら良かったです」

そう言って優しく微笑みかけてくれたのは、あの時ハンカチを拾って渡した黒いスーツ姿のモデル級超絶美女。
まさか、ここで二度も会うなんて信じられない展開に思考が上手く回らないけど、これも何かの縁だと思い、私は少し話をしてみようと彼女の元へと近寄った。

「あ、あの、覚えていないかもしれませんが、私以前あなたのハンカチを拾った者です」

やはり近くで見てもその美しさは絶大で、目を見ているだけで鼓動が高鳴ってくる。女性の私でもこうなるんだから、男性の人はきっと正気でいられなくなるのではないかと。頭の片隅で変なことを考えながら、彼女の返答を待った。

「……ああ、あの時の。その節はどうもありがとうございました。ここでまた会えるなんて奇遇ですね」

あまり期待していなかったけど、彼女は私の顔をまじまじと見た後どうやら思い出してくれたようで、花が綻ぶような可愛らしい笑顔を向けてくれたことに、再び私の心臓は大きく反応する。

こんな美女に覚えてもらえていたなんて、なんとも光栄なことに一人感動していると、何やらこのアパートが気になるのか。先程から何かを探すようにちらちらと建物の方に視線を向けているので、私は不思議に思い首を傾げた。

「もしかして、ここの住人の方に用があるんですか？」

こんな朝早くから美女が訪れるなんて珍しいと思いながら、溢れる好奇心につい踏み込んだ質問をしてしまう。

「あ、はい。ちょっと確認したいことがありまして。ここに澤村聖さんという方はいらっしゃいますか？」

それから、ほんの世間話程度で会話を済ませようと思っていたのに、予想だにしていなかった人物の名前が出てきて、私はそこで動きが止まった。