劣化王子(れっかおうじ)
帰り際でもユノは「果歩ちゃん」と声をかけてきて、そばまで来ようとしていた。でもわたしは聞こえないフリでしずちゃんのほうへ逃げたの。
そのあとの電車の中で、
「これからもずっとあんな態度をとるつもり?」
「……」
しずちゃんは両腕を組み、呆れるような口調でたずねてきた。
「果歩の気持ちもわからないことはないけど……」
「ずっとじゃない」
うつむくわたしは、それ以上聞きたくなくて声をさえぎる。
「ずっとじゃないけど、けど今はまだ……あの人をユノだとは思えないの。信じられなくて」
「信じられないって、あんた……」
「仕方ないじゃん! だってあそこまで変わっちゃったんだよ!?」
この3年間、わたしはかっこいいユノしか思い浮かべていなかった。
小学生時代に見てきた彼は、少女マンガにも負けないくらい素敵な男の子。そこから連想する「今」はやっぱり王子様で、背丈が伸びて大人っぽくなった姿しか想像できなかったんだよ。
「あんなの……わたしが好きになったユノじゃない」
今の気持ち、信じられないっていうよりは信じたくないと言ったほうが正しいのかもしれない。
「でもさぁ、ユノくんはあんたのことを“彼女”って言ったんでしょ?」
「……うん」
言ってた。マイハニーとか。
「もう付き合っているつもりなのかもね」
「そんな関係にはなってないよ! ……小学生のときは両思いだったけど、付き合うってところまではいかなかったし!」
「でも……さっきの様子からして、向こうの気持ちは今も変わってないと思うよ?」
「……」
しずちゃんはわたしの中にある罪悪感に触れてくる。
きっと呆れているんだろう。今朝まではあんなに浮かれていたくせに、って。
「しずちゃん……太ったくらいで、って言いたいんでしょ?」
言われる前に自分で言った。
きっと、遠慮のない口調で「うん」と返してくるだろう。
「んー」
珍しく返事を濁してる。
しずちゃんは真剣な表情で、少し間を置いてから口を開く。
「別人のようになったのは事実だし、そこまで言うつもりはないけど……でも、あんたは見た目だけで好きになっていたわけじゃないんでしょ?」
ぐさりと胸に突き刺さる言葉だった。
返事に悩んでいると、付け足される。
「再会を楽しみにしていたのは果歩だけじゃなかったはずだよ」
しずちゃんはそれ以上、口を挟んではこなかった。
けれど、その言葉は「太ったくらいで」と言われるより痛くて。