世界樹の下で君に祈る
第5話
「なんで茶会に戻ってこなかったんだよ。俺の邪魔はどうした」
「邪魔したら邪魔したで怒るくせに、邪魔をしなくても私に怒ってらっしゃるの?」
淡く上品なピンク色の花をくるくるともてあそびながら、彼は表情のないまま机の角に腰掛けた。
「マートン卿と出て行くから。どうしたのかと気になっただけだ」
「着替えに行くと言いましたけど」
「一緒に着替えたっていうのか」
「マートンと? そんなことしませんわよ」
「分からんな。一緒に席を立ってから、戻って来なかったのは事実だ」
彼は持っていた花を私の頬にぐりぐりと押しつけたかと思うと、すぐに引き戻し自分の口元を埋めるようにしている。
「彼になにを言われたか知らんが、あんな男の言うことなんか、気にするな」
「何を話したかもご存じないのに、どうしてそのようなことが言えるのかしら」
「聞かなくても分かるだろ。くだらん」
彼は花を胸のポケットに挿すと、腕を組み天井を見上げている。
何を考えているのかさっぱり分からないところは、王子のフリをしている時でも、そうでなくても変わらない。
「それより、こんな所で暇潰しをしていてもよろしいの? 今日も一人、新たな聖女が旅立ちましてよ。下の階に残っている未来の聖女たちを、口説き落とさなくて大丈夫なのかしら」
「どうも俺の魅力は、ブリーシュアの女どもには伝わらんらしい」
リシャールは天井にはめ込まれた板の数を数えるような顔をしたままだ。
「本国に戻れば、誰も俺を放ってはおかないのにな。なぜだ」
「あら、それほどおモテになりますの?」
彼はようやく振り返ったかと思うと、紅い髪と紅い目で、妖艶な笑みを浮かべる。
「知りたい?」
「結構です」
「ふふ」
リシャールは微かに声を漏らすと、また天井を見上げた。
ようやく機嫌を戻したかのように、足をブラブラさせている。
「王城の、君の部屋にいるのかと思って訪ねて行ったら、ここだって聞いて来たんだ。またその制服を着ているとは思わなかったよ」
「これは私の普段着でもありますので」
「うん」
今度はにこにこしながら、やっぱり天井を向いている。
彼がずっとそこから動こうとしないから、私にはどうしていいのか分からない。
にらめっこを続ける天井は、ただ高くて真っ平らなだけの木の板だ。
じっと黙ったまま動かないその人に、私の方がなんだか居心地が悪くなる。
「何か、ご用があったのではないのですか?」
「うん? あぁ。……。今日の……、あの、黄色のドレスは、新しいものだったのか?」
「え? どうして?」
「違うのか?」
「それが、あなたが気になりますの?」
「いや……。そうでもない」
本当に、この人はなにをしに来たのだろう。
天井と壁を眺めてばかりの煮え切らない態度に、だんだんイライラがこみ上げてくる。
「お姉さま以外に、めぼしい聖女さまは見つかりまして? 早く下へ行って、素敵な聖女さまをお探しになったらどうかしら」
「それでもあの、マートン卿に敵わないのだから情けない」
「リシャールは、何を言ってるの?」
彼はようやく、机の角から飛び降りた。
「なぁ、ルディ。君はあのマートン卿の、どこに惹かれてるんだ? 俺にはその良さがさっぱり分からん」
「そんなこと!」
ドン! と、両手を机に叩きつける。
思ってもいなかった自分の行動に、自分で驚いている。
「どうして私があなたにお伝えしなければならないのでしょう。そうね、強いて言うなら、あなたと全てが真逆なことかしら」
「なるほどね。だから俺に興味がないわけだ」
またロネの花を私の鼻先に押しつけると、こっちから自分に喧嘩を売ってこいと言わんばかりの視線を投げる。
「見る目がねーな。そんなんだから、お前はモテねぇんだぞ」
「そ、それが何か関係あります?」
「大アリだね」
彼は持っていたロネの花を、私の髪に挿した。
「聞いたよ。君のお姉さんのこと」
「お姉さまって?」
「ミレイア第二王女さまのこと」
エマお姉さまだ。
私とマートンがいなくなった時、この人に話したに違いない。
そう言われればミレイアお姉さまの髪は、この人と同じように燃えるような紅い髪をしていた。
「邪魔したら邪魔したで怒るくせに、邪魔をしなくても私に怒ってらっしゃるの?」
淡く上品なピンク色の花をくるくるともてあそびながら、彼は表情のないまま机の角に腰掛けた。
「マートン卿と出て行くから。どうしたのかと気になっただけだ」
「着替えに行くと言いましたけど」
「一緒に着替えたっていうのか」
「マートンと? そんなことしませんわよ」
「分からんな。一緒に席を立ってから、戻って来なかったのは事実だ」
彼は持っていた花を私の頬にぐりぐりと押しつけたかと思うと、すぐに引き戻し自分の口元を埋めるようにしている。
「彼になにを言われたか知らんが、あんな男の言うことなんか、気にするな」
「何を話したかもご存じないのに、どうしてそのようなことが言えるのかしら」
「聞かなくても分かるだろ。くだらん」
彼は花を胸のポケットに挿すと、腕を組み天井を見上げている。
何を考えているのかさっぱり分からないところは、王子のフリをしている時でも、そうでなくても変わらない。
「それより、こんな所で暇潰しをしていてもよろしいの? 今日も一人、新たな聖女が旅立ちましてよ。下の階に残っている未来の聖女たちを、口説き落とさなくて大丈夫なのかしら」
「どうも俺の魅力は、ブリーシュアの女どもには伝わらんらしい」
リシャールは天井にはめ込まれた板の数を数えるような顔をしたままだ。
「本国に戻れば、誰も俺を放ってはおかないのにな。なぜだ」
「あら、それほどおモテになりますの?」
彼はようやく振り返ったかと思うと、紅い髪と紅い目で、妖艶な笑みを浮かべる。
「知りたい?」
「結構です」
「ふふ」
リシャールは微かに声を漏らすと、また天井を見上げた。
ようやく機嫌を戻したかのように、足をブラブラさせている。
「王城の、君の部屋にいるのかと思って訪ねて行ったら、ここだって聞いて来たんだ。またその制服を着ているとは思わなかったよ」
「これは私の普段着でもありますので」
「うん」
今度はにこにこしながら、やっぱり天井を向いている。
彼がずっとそこから動こうとしないから、私にはどうしていいのか分からない。
にらめっこを続ける天井は、ただ高くて真っ平らなだけの木の板だ。
じっと黙ったまま動かないその人に、私の方がなんだか居心地が悪くなる。
「何か、ご用があったのではないのですか?」
「うん? あぁ。……。今日の……、あの、黄色のドレスは、新しいものだったのか?」
「え? どうして?」
「違うのか?」
「それが、あなたが気になりますの?」
「いや……。そうでもない」
本当に、この人はなにをしに来たのだろう。
天井と壁を眺めてばかりの煮え切らない態度に、だんだんイライラがこみ上げてくる。
「お姉さま以外に、めぼしい聖女さまは見つかりまして? 早く下へ行って、素敵な聖女さまをお探しになったらどうかしら」
「それでもあの、マートン卿に敵わないのだから情けない」
「リシャールは、何を言ってるの?」
彼はようやく、机の角から飛び降りた。
「なぁ、ルディ。君はあのマートン卿の、どこに惹かれてるんだ? 俺にはその良さがさっぱり分からん」
「そんなこと!」
ドン! と、両手を机に叩きつける。
思ってもいなかった自分の行動に、自分で驚いている。
「どうして私があなたにお伝えしなければならないのでしょう。そうね、強いて言うなら、あなたと全てが真逆なことかしら」
「なるほどね。だから俺に興味がないわけだ」
またロネの花を私の鼻先に押しつけると、こっちから自分に喧嘩を売ってこいと言わんばかりの視線を投げる。
「見る目がねーな。そんなんだから、お前はモテねぇんだぞ」
「そ、それが何か関係あります?」
「大アリだね」
彼は持っていたロネの花を、私の髪に挿した。
「聞いたよ。君のお姉さんのこと」
「お姉さまって?」
「ミレイア第二王女さまのこと」
エマお姉さまだ。
私とマートンがいなくなった時、この人に話したに違いない。
そう言われればミレイアお姉さまの髪は、この人と同じように燃えるような紅い髪をしていた。