世界樹の下で君に祈る

第6話

「リシャール殿下は、エマお姉さまにプロポーズをなさったばかりではなかったのですか?」
「もちろんその通りです。だけどどうして、あなたのような方を目の前にして、じっとしていられましょう。男なら、親しくなりたいと思うのは当然では?」

 彼の手が伸びる。
ビクリとした私の髪に、指が絡みついた。
それをすくい取ると、口づけをする。

「かぐわしいアプリコット色の髪ですね。あなたのこの髪に近いましょう。次はいつお会いできますか? その約束をしてからでないと、このまま手を放せそうにありません」
「そんなことを言って、すぐご自分の国にお帰りになるのでしょう? もうお会いすることもございませんわ」
「どうかあなたのことを話してください。私のことを忘れても、私は覚えています。そうしたらまたお会いした時に、ここでの出来事をきっと思い出してくださるでしょうから」

 どうしよう。
殿下は私の髪を掴んだまま、本当に放してくれそうにない。
私のことを話すって、なにを話したらいいのかも分からない。

「殿下は私の、何をお知りになりたいのですか?」
「何でもいいのです。あなたが話したいと思ったことを、好きなだけお話ください」

 私のこと……。
透き通るような紅い目が包み込む。
この人に、何をどう話せば私のことが伝わるのだろう……。

「ルディ!」

 ガサリと音がして、すぐ真横にあった茂みがかき分けられた。
エマお姉さまだ。
マートンもいる。
目が合った瞬間、お姉さまはほっと胸をなで下ろした。

「私のかわいいルディの姿が見えなくなったと聞いて、慌てて探しておりましたのよ。リシャール殿下」
「これはこれは。エマさまが直々にお出ましとは、驚きました」

 彼は掴んでいた髪をパッと放すと、にっこりと微笑む。
私は彼の腕から逃げるようにお姉さまにしがみついた。

「大丈夫? ルディ」
「えぇ、平気よ」

 マートンがリシャールの前へ進み出る。

「リシャール殿下。他の参列者の方々も、あなたのお話を聞きたがっております。ぜひパーティーへお戻りください」
「はは。それは申し訳ないことをした」

 彼がやれやれと首を傾けると、それに合わせサラサラとした紅い髪も揺れ動く。
殿下は何事もなかったかのように、会場へ戻っていってしまった。
その姿が完全に見えなくなってから、お姉さまはぎゅっと私を抱きしめる。

「ルディ。リシャールさまに何か言われた?」
「いいえ、何も。お姉さまに心配をかけるようなことは、何もされてないし言われてもないわ」

 私もお姉さまの肩を抱きしめた。
せっかくのお誕生会を抜け出してまで、探しに来てくれた二人を心配させたくない。
マートンは珍しく、イライラと腹を立てていた。

「いくらレランドの第一王子とはいえ、やりすぎです。エマだけでなくルディにまで……」
「いいのよマートン。彼にも立場があるのだから」

 お姉さまは私の頭を愛おしそうにそっと撫でた。

「さ、戻りましょう。ルディも私のお誕生日パーティーを楽しんでちょうだい」

 高い城壁に囲まれてもなお、それを乗り越えるほど大きな世界樹の樹は、堂々とそこにたっていた。
太く伸ばした枝に薬草となる葉を茂らせ、穏やかな木漏れ日をつくる。
会場に戻ると、賑やかなお茶会は続いていた。
色とりどりの華やかな出席者たちの間にいても、真っ白な軍服に身を包んだ紅い髪がよく目立つ。
同じレランドの従者らしき男性が彼に近づくと、二人で何かを話し始めた。
お姉さまはすぐに他の招待客に囲まれ、私と離れてしまう。

「ルディさま。お久しぶりですね」
「まぁ。お元気でしたか?」

 話しかけてくるお客の相手を手伝いながらも、ふと気づけば視界には彼の姿があった。
誰と話していても、どんなお菓子を堪能していても、彼に見られている自分を想像している。
その彼が従者と話している元へ、二人連れの女性が近づいた。
彼女たちの目的は、当然リシャール殿下なのだろう。
辺境の小国とはいえ、第一王子という肩書きと涼しげな紅い目は、十分に魅力的だった。

「リシャールさまは、誰に対してもあんな感じなのかしらね」

 接客も一段落し、ようやくリンダと一緒になった。
彼女は女性客に囲まれる彼をチラリと盗み見る。

「リシャール殿下が気になるの?」
「べ、別にそういうわけじゃありませんけど!」
「ルディがマートンさま以外の男性を気にするなんて、珍しいじゃない。他の男の人だなんて、普段は全く相手にしないのに。何かあった?」

 紅髪の彼は近づいてくる女性たちに、得意気に何かを語っていた。
滑らかな話しぶりに、聞いている女の子たちは、ずっとクスクス笑っている。

「あんな方とは、何もありません」

 ついさっきまで私相手に言っていたようなことを、どうせ誰にでもやっているのだろう。
調子のいいこと言って、簡単に信じたりなんかしないんだから。
そこから顔を背けた私を、リンダはニヤリとのぞき込む。
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