稼げばいいってわけじゃない
第22話
車のドアをバタンと閉めて
予約していた
ホテルの中にキャリーバッグを
運び入れた。
お昼ご飯を食べ終えてすぐに
絵里香たちは、実家を逃げるようにして
ホテルへと向かった。
半ば喧嘩別れのような重い雰囲気で
飛び出してきたため、
何となくモヤモヤした。
それでも、
ホテルのスタッフに
温かく迎え入れられて
モヤモヤ気持ちがすこし
晴れた気がした。
瑠美や塁も滅多に
泊まることのないホテルで
テンションが上がっていた。
「お母さん、お母さん。
ここでかい温泉があるってよ。
楽しみ~。」
「ねえ、お母さん。
ここでお風呂上がりに
可愛い浴衣着られるって
さっきポスターに描いてあったの。
私も着られるかな。」
「そうそう。
浴衣が着られるから
このホテル選んだんだよ。
あとね、夕飯は
瑠美と塁が大好きな焼肉とか
お寿司のバイキングあるからね。」
「うそ、ほんと!?
やった~。」
「私はケーキも食べたい。
ケーキのバイキングも
あるんでしょう。」
「あるある。」
「やったー。」
2人ははしゃいで、部屋まで続く廊下を走った。
「こら、廊下は走らない。
ぶつかるでしょう。」
絵里香はふぅーとため息をつく。
「来てよかったな。
2人ともすごい喜んでんじゃん。」
晃は両手に荷物を抱えながら、
後ろをついていく。
「そうね。あのままおばあちゃんたちと
過ごすよりよかったかも。
決断は間違ってなかった。
晃の会社に少しだったけど
顔出せてよかったね。」
「ああ、そうだな。
まさかこっちの支社があんなに
小規模のところだったんなんて
知らなくてさ。
猫とかも飼ってるし。
自由すぎるよわ。」
「いいじゃないの?
ゆるーく仕事ができそうで。」
「まぁ、確かに。
課長であることは
間違い無いんだけど
仙台の仕事より全然少ないから
残業しないで帰ってこれそうだわ。
その分、給料は減るけどな。
どっちを取るかだな。」
「時間を有効に使えた方がいいって。
子どもたちとの過ごす時間考えたら
それ以上だと思う。
確かに生活は厳しいけど
今、時代が違うから
キャッシュレスという
強い味方がいるし
簡単にローン組めるし。
私がフルタイムする時に借りたもの
返すって思ったら
なんとかなるわ。
子どもの精神状態が安定の方が
1番大事だと思うし。
親がいない家に帰るくらいなら
私がいた方が安心するでしょう。
銅像のようにしてるかもしれないけど
私がいるのといないのでは
全然生活してて
違うからね。
塁が小学4年生くらいになるまでは
しっかり見るから。
ね!」
話しながら、荷物をホテルの一室に
運んで入れた。
和室タイプで4名1室だった。
窓から見える景色は綺麗だった。
山々の緑と遠くに見える
オーシャンビューがあった。
「和室だけど、
ダブルベッド2つなんだね。
子ども2人だからかな。
ふとんより寝やすいよね。
良かった。
ふかふかで寝やすいかも。
たまには贅沢良いよねぇ。」
荷物の片付けをそのままに絵里香は
ベッドにドサっと横になってみた。
子どもたちも絵里香の両手に
横になって真似してみた。
晃は窓を開けてみて外の景色を
眺めていた。
「え、ここって禁煙?
電子タバコもダメなん?」
「うん。全室禁煙になってたよ。
喫煙所は別にあるみたい。
フロントの近くにあったよ。
吸うなら、そこまで行っておいで。」
「仕方ねぇか。
吸いたかったのに…。」
持っていたタバコを本体に差した
ばかりだった。
「何か飲みたいのある?
ジュース買ってくるから。
言って。
その時に喫煙所行ってくるわ。」
「吸い終わったら、塁、
お風呂連れてってよ?」
「はいはい。」
財布の入ったセカンドバックを背中に背負って、晃は部屋を出ようとする。
「私、リンゴジュース!!」
「ぼくも。」
「私は…ミルクティーでいいよ。」
「りんご2本とミルクティね。
あ、やべ、千円札しかない。
絵里香、小銭無い?」
「えー、あるけど。
4本買うなら、1000円で
良くない?」
「それもそっか。
いいや。行ってくる。」
「ほら、瑠美、塁。
浴衣、見に行こうか?」
「僕、別に興味ないけど。」
「私、行きたい!!」
「塁も付き合ってよ。
行ってみてから決めな?」
「……わかったよ。」
晃は喫煙所に、
3人は浴衣を見に行った。
お風呂の近くにある色浴衣を
選べるコーナーがあった。
シンプルに藍色と白の浴衣があれば
カラフルな花が描かれた浴衣もある。
「えー、どれにしようかな。」
「私、この朝顔の浴衣にする。
可愛い!!」
「浴衣は決めたのね。
帯も一緒に決めないと。
着付けってしてくれるのかな。
お風呂入る前に着る?
入ってから?」
「私は、お風呂入ってから着たいな。」
「わかった。
お店の人に聞いてみるね。
お母さんは黒のすみれの花と
黄色の帯かな。
瑠美は、青とピンクだから、
帯も赤か青を選んだらいいん
じゃないかな?」
「うーんと、赤がいい!」
「決まりね。
塁はどうする?」
「僕は、この恐竜のにする。」
小さい子用の浴衣も置いてくれているようで、塁も気になった浴衣もあった。
絵里香はほっとして喜んだ。
「良かった。塁のもあったね。
みんなで一緒に着れるね。
お父さんはどうするのかな。
甚平も置いてるからこれに
しようかな。」
浴衣であれでもこれでもないと
選んでいると喫煙所での一服が
終わった晃が向かってきた。
「浴衣決めた?」
晃が声をかけようとするとポケットに入れていたスマホが鳴った。
「あ、電話…。」
スマホの名前表示を見ると、
晃は静かになった。
「誰から?」
と絵里香。
「会社の人。」
「出たら?」
「ちょっと電話してくるわ。」
来た道を戻る晃。
また喫煙所の近くにあるベンチに座って
電話に出た。
通話開始のタイマーが
カウントされるが、
声がしない。
「もしもし?」
晃はごくんとツバをのみこんだ。