旦那様は仏様 ~もっとイチャイチャしたいんです~
 淋しさを抱えながらも少しずつ時は流れ、ようやく聡一が帰ってくる日がやってきた。今日は平日だから美咲は仕事をしている。聡一の帰宅はそこまで遅くないようだから、きっと美咲が家に帰れば、聡一はもう家にいるはずだ。

 しかし、そのシチュエーションが実現することはなかった。予想もしない出来事が起きてしまったのだ。


 退勤時刻まであと二時間くらいという頃、美咲の携帯が振動しはじめた。すぐには止まらなくて、電話だと気づき、発信者の名前を確認して美咲は驚いた。電話をかけてきたのは聡一だったのだ。聡一が仕事中に電話をかけてくるなんて普通なら考えられない。すぐに何かあったのだろうと思い、美咲はデスクから離れて電話に出た。

『聡一さん、どうしたんですか?』
『お仕事中にすみません。実は、あっ』
『え??』

 中途半端に声が途切れて驚いていたら、携帯から聞き覚えのない声が聞こえてきた。

『すみません。仏坂さんの奥様ですよね。私同僚の中島と申します』
『え、あ、はい。いつも主人がお世話になっています』
『いえ、こちらこそ。あの、実はですね、先ほど出張から帰ってきたのですが、トラブルがあって仏坂さんが怪我されてしまいまして』
『えっ、えっ!?』

 聡一が怪我したと聞かされて美咲は嫌な汗が吹きだしはじめた。

『あ、あの大きな怪我ではないので安心してください。ただ、頭を打たれていて、一人で帰すのは心配なので、可能でしたら病院まで迎えに来ていただけないでしょうか?』
『あ、はい! すぐ行きます! どこの病院ですか?』

 美咲は通話を終えるとすぐに上司に事情を話して早退させてもらった。今美咲が絶対にいなければならない仕事もないし、すぐに行ってやれと快く送り出してもらえた。

 美咲は会社を出ると逸る気持ちを押さえながら、病院までの道を急いだ。怪我は大したことないと言われたが、頭を打ったというのが気にかかる。美咲の母方の祖父は転倒して頭を打ったことが原因で亡くなっているのだ。打ってすぐは平気そうにしていたのに、翌日に急変して亡くなってしまった。だから、美咲は気が気でなかった。今は何ともなくても、それで絶対に大丈夫だなんて言えない。とにかく一秒でも早く聡一のそばに行きたかった。
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