旦那様は仏様 ~もっとイチャイチャしたいんです~
 千佳宅を出て自宅に帰ったあと、散々自分の欲について語ったせいか、美咲はいつもよりもそわそわとしていた。自然と聡一に目が行って、そのことばかりが頭をよぎる。けれど、まだそれを口にするだけの勇気は持てなくて、美咲はその欲を持て余した。だからだろうか、夜寝るときにも隣の聡一の存在がいつも以上に気になってしまって、その日はあまり眠れなかった。

 そうして、翌朝、美咲が眠たそうにしていたからか、聡一に心配の声をかけられ、美咲は何とも情けない気持ちになった。こんなことで心配をかけるべきではないだろう。さすがに同じことを繰り返したくはない。まだ上手くやれる自信はないが、それでも今日はチャレンジしてみようと美咲は出勤前に固く決意した。


 そして、その日の夜、美咲はほとんど勢いに任せて聡一に呼びかけた。

「聡一さん」
「はい。何でしょう?」

 美咲は頭の中で何度も「抱きしめてください」を反芻した。けれど、どうしてもそれが口から出てこない。ちらちらと聡一のほうを見ては、口を開いたり閉じたりと明らかにおかしな態度をとってしまった。

「美咲さん?」

 心配そうな顔で聡一に見つめられる。聡一のその表情を見ると、何か言わなければという焦りが生まれる。そして、その結果、美咲はごまかしの言葉を口にしてしまった。

「……呼んでみただけです……」
「ふふっ、かわいいですね、美咲さん」

(ちっがーう! これじゃ、ただのバカップルじゃん……)

 意気地がない自分が本当に嫌になる。だが、この日はもう頑張る気力がなくて、また明日頑張ろうと美咲はそれを先送りにしてしまった。そうして美咲はこのやり取りを、なんと一週間も続けてしまったのだ。本当にただのバカップルのやり取りでしかないが、聡一がこの掛け合いを楽しんでくれているのが唯一の救いだ。

 しかし、このままでは軌道修正できる気がしなくて、美咲は千佳に電話で泣きついたのだった。
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