旦那様は仏様 ~もっとイチャイチャしたいんです~
「幸せホルモンのことですよね?」

 笑われてもおかしくないはずなのに、聡一は極めて冷静な声でそう返してきた。その声音に美咲も少しだけ冷静さを取り戻す。美咲はゆっくり顔を上げると、再び聡一に目を合わせて静かに答えた。

「……はい……」

 すると、予想もしない展開が待っていた。

「美咲さん。どうぞ?」

 聡一はそれだけ言って、美咲の前に立ち、両手を広げている。

「え?」
「ふふ、どうぞ?」

 聡一は同じ格好のままでもう一度同じ言葉を吐いた。

(え、これ伝わってる? マジで伝わった? 聡一さんエスパーなの!?)

 聡一のその姿はどう見てもハグ待ちに見える。美咲がその胸に飛び込めば、抱きしめてくれるに違いない。思わぬチャンスに美咲はドキドキと胸を高鳴らせながら、少しずつ聡一ににじり寄った。恥ずかしくて聡一の顔は見れない。下を向いたまま少しずつ近づいた。そして、あともう一歩で触れ合えるというところまで近づき、美咲はそこでその身を固まらせてしまった。もう限界だった。恥ずかしさがピークまで達し、それ以上は動けなかったのだ。

「やはりまだ怖いですね」

 すぐ間近からそう囁かれて、思わず顔を上げると、少しだけ眉を下げて微笑む聡一の姿があった。

「手を繋ぎましょう。はい」

 すぐ目の前に手を差し出されたから、美咲は素直にそこに自分の手を重ねた。聡一は美咲の手を優しく握りしめると、その格好のままで何でもない話を始めた。聡一の優しい声音と温かい手のぬくもりに美咲は徐々に心を落ち着けていった。するとだんだんとあともう一歩を縮めたい気持ちが湧いてくる。思いきってその距離を縮めてみようかどうしようかと迷っていたら、美咲がそれをするより前に、聡一から散歩に行こうと促され、結局その日は目的を果たせなかった。
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