溺愛社長とお菓子のような甘い恋を
「勝手に触るな」
「握手しようとしただけだって。ケチくせーな」
「お前はすぐそうやって触るだろう。婚約者がいるんだから、少しは自制しろ」
すると、立木さんの後ろから髪の長い女性がやってきた。
見た目的にもすごく若い。まだ20歳そこそこではないだろうか。
「婚約者の真理だ。真理、こっちは神野」
「わぁ、神野フーズの社長さんと友達って本当だったんだぁ。秀君すごーい」
「まぁな」
婚約者に褒められてデレデレな立木さん。
真理さんと軽く挨拶をすると、
「じゃぁ、適当に楽しんで行ってよ」
そう言って立木さん達は他の人たちのところへ行ってしまった。
人の好みまでとやかく言うつもりはないけど、やっぱり男の人って若い女性が好きなのかなぁ。
なんとなくそんな感想を持って、チラッと社長を見上げる。
「好きなもの飲み食いしていていいぞ」
私の視線に気が付いた社長は、お腹が空いているとでも思ったのか食べ物を勧めてきた。
食事はバイキング形式で、席は特に決まっておらず、座っている人もいれば立って自由にしている人も多い。確かに堅苦しい感じにならないようになっていた。
「凄い美味しそう」
「ここのデザートは絶品なんだぜ。特に俺はここのケーキがお勧めで……」
社長が甘い物を目の前に、目をキラキラさせ始めた。
本当に甘い物が好きなんだなぁ。
思わず笑みが溢れる。
「なんだ?」
「いえ。甘い物が本当にお好きなんだなと思って」
そう言うと、少し照れくさそうな気まずそうな顔をする。
「ホッとするだろ、甘い物って。癒されるっていうか。食べていると色んなことを許される気がするんだ」
「許される?」
「そう。大丈夫だって言われているような」
「へぇ……」
こんな見てくれで、そんな感想を抱いていたことが意外だった。
社長業も重圧やストレスは半端ないだろう。
それを甘い物で癒している社長が可愛い。
社長は友人たちに声を掛けられていたので、私はバイキングの方へ行く。
社長の言う通り、特にデザートは盛りだくさんで、どれもこれも美味しかった。
「うーん、美味しい!」
さすが有名なだけあるわ。絶品!
あ、このピスタチオのケーキ、社長絶対好きだろうな。
無くなる前に食べさせてあげよう。
お皿に盛って、話をしている社長のそばへ行く。
話の最中に割り込んだら悪いかと、そばで控えていると社長が私に気づいた。
「ん? どうした?」
「あ、えっと海斗さん。これ美味しいから食べてみて? 絶対好きだと思うの」
そう言ってケーキのお皿を差し出すと、社長は私に一瞬目を丸くした。
あ、お友達の前で甘いものの話はだめだったのかな。秘密にしていたとか?
内心焦ると、社長はフワッと微笑んで口を開けた。
「ん」
……これって食べさせてほしいってこと?
他の人が見ている前で少し恥ずかしいが、社長が待っているので一口口に入れてあげた。
「美味い!」
「でしょう? 好きだと思って」
社長の目がキラキラと輝いたのをみて、やっぱりこれが好きという勘は当たっていた。
よしっ! と心の中でガッツポーズをする。
「あ……」
よく見ると、社長の口にクリームが少しついていた。
「海斗さん、クリームが……」
背伸びをしてハンカチでそっとぬぐう。
無事に取れたとホッとすると、社長と一緒にいた友人たちがにやにやしていた。
「なんだ?」
「いやぁ、仲いいねぇ」
「見せつけてくれるぜ」
そう言われて、ハッとする。
確かにはたから見れば今のやり取りは、イチャついているくらいにしか見えない。
別にそんなつもりじゃ……!
あぁ、でもここで否定するのもおかしい!?
反射的にカァァッと赤くなってしまった。
すると、友人の一人がとんでもないことを言った。
「二人は結婚とかしないのか?」
「えっ」
けっ、結婚!?
思わず、社長を見上げる。そこまで打ち合わせはしていない。
社長も少し困ったように笑いながら、「まぁ、いつか」と曖昧に誤魔化した。
……そりゃそうだ。
私たちは今、恋人のふりをしているだけなんだから。結婚なんてあり得ない。
本来はただの社長と秘書なんだから。
……そう、ただの上司と部下という関係なだけ。
だから、どこか少し寂しさを感じたのも気のせいに違いない。
どんな顔をして良いのかわからず、視線を床に向けると社長が意外なことを言い出した。
「花澄がよければ俺はいつでもって感じかな」
「え……?」
目を丸くして社長を見上げる。
今、なんて?
優しい目をした社長が見下ろしてきて、つい目をそらしてしまった。
いやいや、待って! わかっている! これは演技だって! でもでも……!
今の私は誰が見ても真っ赤になっているだろう。
だってこんな言葉、ある意味プロポーズだ。
嘘だとわかっているけれど、不意打ちで言われた言葉に動揺は隠せない。
「花澄ちゃん、可愛い反応するねぇ」
「いいなぁ、俺も彼女ほしい~」
「いいだろう」
口々に言う友人らに社長が自慢する。
「ご、ごめんなさい。ちょっとお化粧直してくる」
「あぁ」
下を向いたまま、赤い顔を隠すようにトイレへ向かった。
個室に入り、一人になったところでホッとする。
ダメだなぁ、恋人のふりってどうにも調子が狂う。今までのその場しのぎのふりとはわけが違うからかな。
とても甘い空間……。
社長も演技がうまい。
怪しまれないように、それっぽく言っているだけなのだろうけど、社長の言葉に心が乱される。
本心ではないってわかっているのに、甘いセリフに胸が締め付けられる。
ドキドキと胸が苦しくて仕方がない。
あぁ、もう! しっかりしろ! これは仕事なんだから!
私は何度も深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
そろそろ戻らなきゃと思ったところで、ガヤガヤと人が入ってくる気配がして、なんとなく個室から出そびれてしまった。
「ねぇ、立木の婚約者って絶対金目当てじゃない?」
「わかる! まだ21歳だって。一回りも下じゃない。どうせこのパーティーも友達に自分がセレブになった自慢がしたいだけなんでしょう?」
そうした声に、立木さんのパーティーに来ている女性たちだとわかった。
やっぱり、真理さんにたいしての感想はみんな同じだったか。
「そうだ。神野君の彼女、見た? 意外だよね」
急に自分の話題へと移り、ドキッとして顔が強張る。
「思った―。綺麗な人ではあるけど、神野君が選ぶにしては地味じゃない?」
「だよね! 神野君だったらもっとモデルとか芸能人とかどっかの超セレブとかと付き合うかと思った」
「なんか、普通の人だよねぇ。自分の秘書なんだって。ただの社内恋愛じゃん」
「そうなの? へぇ、神野君ってつまらなくなったね」
女性たちは化粧を直しただけなのか、ぶつぶつ言いながら立ち去って行った。
個室に一人残された私は胸を抑える。
……ちょっと傷ついた。いや、まぁ彼女たちの言う通りなんだけど。
地味だし、社長の隣に立っても釣り合わないだろうなとは思っていたし、モデルでも芸能人でもセレブでもないし……。
どうせただの一般OLですよ……。
あぁ、偽りの恋人なんだから傷つく必要なんてないのに、どうしてこんなに胸が痛くなるんだろう。
どうして……。